1999年、Internet Explorerは市場の95%を支配していた。Microsoftは「インターネットの入口」を完全に掌握したかに見えた。
2026年現在、その座にいるのはGoogle Chromeだ。シェアは71%。かつての覇者Microsoftは、自社ブラウザEdgeにGoogleの技術を採用している。勝者と敗者が完全に入れ替わった。
しかしChromeもまた、新たな脅威に直面している。AIだ。ChatGPTやPerplexityといったAIチャットボットは、人々の「検索して閲覧する」という行動を「AIに聞いて完結する」に変えつつある。ブラウザという概念自体が揺らぎ始めている。
30年のブラウザ戦争は、何を教えているのか。
Netscapeの栄光と没落、Microsoftの支配と停滞、Googleの逆襲——この物語には、テクノロジー業界で繰り返される「勝敗のパターン」が刻まれている。そしてそのパターンは、今まさに進行中のAI競争を読み解く補助線になる。
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第一幕:Netscapeの栄光と没落(1994-1998)

24歳の青年が世界を変えた
1994年、イリノイ大学を卒業したばかりの24歳、マーク・アンドリーセンは一つの野望を抱いていた。「Mosaicキラー」を作ることだ。
Mosaicは、彼自身が大学の研究所で開発に関わった世界初の普及型Webブラウザだった。テキストと画像を同じ画面に表示できるという、今では当たり前の機能を初めて実現したソフトウェアだ。しかしアンドリーセンは、自分が作ったものを超えるブラウザを作りたかった。
シリコングラフィックスの創業者ジム・クラークと出会ったアンドリーセンは、Netscape Communicationsを設立する。そして同年10月、Netscape Navigatorをリリースした。
普及速度は驚異的だった。リリースからわずか数ヶ月で市場の75%を獲得。翌年には80%を超えた。当時、インターネットに接続するということは、Netscapeのアイコンをクリックすることを意味していた。
16ヶ月で時価総額29億ドル
1995年8月9日、Netscapeは株式を公開した。設立からわずか16ヶ月。利益を出していない企業のIPOは異例だった。
公開価格は1株28ドル。取引が始まると株価は一時75ドルまで急騰し、終値は58.25ドル。時価総額は29億ドル(約3,000億円)に達した。アンドリーセンは一夜にして5,800万ドルの資産を手にした。
この「Netscapeの瞬間」は、シリコンバレーとウォール街に一つのメッセージを送った。インターネットは趣味の世界ではない。莫大な富を生み出すフロンティアだ、と。後のドットコムバブルは、この日に点火された。

ビル・ゲイツの覚醒
ワシントン州レドモンドで、一人の男がこの状況を注視していた。Microsoftの創業者、ビル・ゲイツだ。
当時のMicrosoftはWindows 95のリリースを控え、PC業界の絶対的な王者だった。しかしゲイツは当初、インターネットの商業的可能性を過小評価していたとされる。その認識を変えたのが、Netscapeの台頭だった。
1995年5月26日、ゲイツは全社幹部に向けて一通のメモを発出した。「The Internet Tidal Wave(インターネットの津波)」と題されたそのメモで、彼はNetscapeを名指しで警戒した。
“Netscapeは新しい競争相手だ。Webブラウザで支配的な地位を持ち、どのネットワーク拡張が成功するかを決定できる立場にある。” — Bill Gates「The Internet Tidal Wave」メモ(1995年5月26日) WIRED
Gatesがここまで危機感を抱いた理由がある。アンドリーセンが放った一つの挑発的な発言だ。
「Windowsを、デバッグが不十分なデバイスドライバの集まりに変えてやる」
これは単なる虚勢ではなかった。Netscapeはブラウザを単なる閲覧ソフトではなく、OSに依存しない新たな「プラットフォーム」にしようとしていた。もしそれが実現すれば、Windowsの価値は大きく損なわれる。Microsoftにとって、Netscapeは存亡に関わる脅威だった。
ゴッドファーザー会議
1995年6月21日、Netscape本社に予期せぬ来客があった。Microsoftの交渉担当者たちだ。
この会議で何が話されたかは、後の裁判で明らかになる。アンドリーセンが取ったメモには、衝撃的な内容が記録されていた。
THREAT THAT MS WILL OWN THE WIN95 CLIENT MARKET AND THAT NETSCAPE SHOULD STAY AWAY」(MicrosoftがWindows 95のクライアント市場を支配する。Netscapeは手を引くべきだという脅し) アメリカ合衆国司法省
Microsoftの提案は明快だった。市場を分割しよう。MicrosoftがWindows向けブラウザを担当し、Netscapeはそれ以外を担当するつまり、最大の市場を明け渡せ、ということだ。
アンドリーセンは後に、この会議を映画「ゴッドファーザー」に例えた。「断れない提案」を持ってきたドン・コルレオーネの訪問のようだった、と。
Netscapeはこの提案を拒否した。そしてMicrosoftは「Netscapeの空気を絶つ(cut off Netscape’s air supply)」戦略を発動する。※アメリカ合衆国司法省
バンドリングという最強の武器
Microsoftが繰り出した戦略は、技術的な優位性ではなかった。もっと単純で、もっと強力なものだった。
1995年8月、MicrosoftはInternet Explorer 1.0をリリースした。機能はNetscapeに遠く及ばない。しかしMicrosoftには切り札があった。Windows 95だ。
IEはWindowsに同梱された。新しいパソコンを買うと、最初からIEが入っている。わざわざ別のブラウザをダウンロードしてインストールする人が、どれだけいるだろうか。
これを「バンドリング戦略」と呼ぶ。新しい家を買ったら、すでにキッチンにMicrosoft製の冷蔵庫が据え付けられているようなものだ。性能が多少劣っていても、わざわざ取り外して別の冷蔵庫を買い直す人は少ない。
さらにMicrosoftは、IEを「永久に無料」と宣言した。Netscapeが企業向けに1ライセンス99ドルで販売していた時代に、だ。無料で、最初から入っている製品に対して、有料で別途インストールが必要な製品が勝つのは、経済的に不可能だった。
1996年、Netscapeのシェアは86%でピークに達した。しかしそこから転落が始まる。1997年末には51%、1998年末には30%。そして1999年には15%まで落ち込んだ。
Netscapeの自滅
Netscapeの敗因は、Microsoftの攻撃だけではなかった。自らも致命的な失策を犯していた。
1998年、Netscapeの経営陣は大胆な決断を下す。既存のコードをすべて捨てて、次期バージョンをゼロから書き直す、というものだ。
ソフトウェア開発において、これは「最悪の戦略的ミス」とされる。走りながらエンジンを交換するようなものだ。しかもNetscapeは車を停めて、3年かけて新しいエンジンを作ろうとした。その間、市場に有効な新製品を投入できない。
この「書き直し」に約3年を費やす間に、IEはバージョン5.0をリリースし、機能面でもNetscapeを追い抜いた。2000年にようやくリリースされたNetscape 6.0は、「起動に1分かかる」「メモリを大量消費する」と酷評された。
1998年11月、NetscapeはAOLに42億ドルで身売りした。わずか3年前に時価総額29億ドルで華々しくIPOした企業の、静かな終焉だった。
しかし、Netscapeは一つの遺産を残した。買収直前の1998年3月、同社はブラウザのソースコードを公開していた。このコードは「Mozilla」というプロジェクトに引き継がれ、やがて新たな挑戦者を生み出すことになる。
第二幕:Microsoftの支配と停滞(1998-2008)

95%という数字
2001年8月、MicrosoftはInternet Explorer 6をWindows XPとともにリリースした。
この頃、ブラウザ市場の勝敗は完全に決していた。IEのシェアは90%を超え、2002年から2003年にかけて約95%という歴史的なピークに達した。Netscapeは5%未満に沈み、他の競合ブラウザは商業的に壊滅状態だった。
「ブラウザ戦争は終わった」——そう誰もが思った。
しかし、この「勝利」こそが、Microsoftの次の敗北の種だった。
5年間の停滞
IE6がリリースされた2001年から、次のIE7がリリースされる2006年まで、実に5年間、IEはメジャーアップデートされなかった。
市場を独占した企業は、しばしばイノベーションを止める。競争相手がいないなら、改善する理由もない。開発チームは縮小され、予算は削減された。IE6は、その典型だった。
この5年間、何が起きたか。
すべての窓に鍵がない家
IE6のセキュリティは、すべての窓に鍵がついていない家のようなものだった。
2004年6月、米国政府のサイバーセキュリティ機関US-CERTが異例の警告を発した。「Internet Explorer以外のブラウザを使用すること」を推奨したのだ。政府機関が特定の商用ソフトウェアを名指しで「使うな」と言う。それほどIE6のセキュリティは深刻だった。
問題の中心にあったのが「ActiveX」という技術だ。これはWebページからWindowsの機能を直接操作できる仕組みで、便利ではあったが、悪意あるサイトがユーザーのパソコンを乗っ取る入口にもなった。ウイルスやスパイウェアが横行し、「IEを使っているだけで感染する」という事態が頻発した。
2006年、PC World誌はIE6を「史上8番目にひどい技術製品」に選んだ。「地球上で最もセキュアでないソフトウェア」という評価だった。※PC World(Wayback Machine)
Web開発者の反乱
IE6の問題は、一般ユーザーだけでなく、Webサイトを作る開発者たちも苦しめた。
IE6は、Web標準(W3Cが定めるHTML/CSSの仕様)を完全には実装していなかった。そのため開発者は、「IE6で正しく表示されるコード」と「他のブラウザで正しく表示されるコード」を別々に書かなければならなかった。「CSSハック」や「条件付きコメント」と呼ばれる回避策が生まれ、開発の現場は混乱した。
しかも、シェア95%のIE6に合わせてサイトを作ると、そのサイトは「IE6でしか正しく動かない」ものになる。企業の社内システムの多くがIE6に依存し、後の時代まで「IE6でないと動かない」という負の遺産を残すことになった。
Web標準化を推進する草の根運動「Web Standards Project(WaSP)」が広がり、開発者コミュニティからは「IE6を殺せ」という声が上がり始めた。
規制は遅効性だった
1998年5月、米国司法省と20の州はMicrosoftを独占禁止法違反で提訴した。IEをWindowsにバンドルする行為が、競争を阻害しているという訴えだ。
2000年4月、裁判所はMicrosoftの独占を認定し、会社を分割するよう命じた。しかしMicrosoftは控訴し、2001年に分割命令は覆された。最終的に、MicrosoftはAPIの公開やOEMへの制限緩和といった軽微な条件で和解した。
ここで注目すべきは、タイミングだ。
訴訟が提起された1998年、IEのシェアは約60%だった。判決が出た2000年、シェアは90%を超えていた。和解が成立した2002年、シェアは95%に達していた。
規制は「勝者が確定した後」に作動した。独占禁止法は予防的ではなく、治療的だった。しかも、その治療は手遅れだった。
Netscapeを救うことはできなかった。しかし裁判は、Microsoft社内に一つの「恐怖」を植え付けた。この恐怖が、後にGoogleの台頭を許す一因になる。
第三幕:Googleの逆襲(2004-2012)

灰から生まれた不死鳥
2004年11月、一つのブラウザが静かにリリースされた。Firefox 1.0だ。
Firefoxの出自は、Netscapeにさかのぼる。1998年にNetscapeが公開したソースコードは「Mozilla」というプロジェクトに引き継がれた。当初のMozillaは肥大化したスイートソフトで、動作は重く、使いにくかった。
そこから「ブラウザ機能だけを切り出して軽量化しよう」という実験的なプロジェクトが生まれた。コードネームは「Phoenix」——不死鳥だ。Netscapeの灰から再生するという意味が込められていた。商標問題で名前を変え、最終的に「Firefox」となった。
Firefoxは、IE6ユーザーが渇望していた機能を備えていた。
- タブブラウジング(1つのブラウザウィンドウ内で複数のウェブページを「タブ」として開き、クリックするだけでページを切り替えられる機能)
- ポップアップブロック(ウェブサイト閲覧中に自動で開く広告などの小さなウィンドウ(ポップアップ)を、セキュリティと快適な閲覧のために表示させない機能)
- 拡張機能(ウェブブラウザに機能を追加・強化するための機能)
そして何より、ActiveXを使わない安全性だ。
公開から9ヶ月で6,000万ダウンロード。1年以内に1億ダウンロードを達成した。ファンたちはNew York Timesに全面広告を出稿した——自費で。草の根の反乱だった。
2009年11月、Firefoxのシェアは32%に達した。IE6の停滞に風穴を開けた、最初の成功例だった。
しかしFirefoxは「真の勝者」にはなれなかった。別のプレイヤーが現れたからだ。

なぜ検索会社がブラウザを作るのか
2008年9月2日、Googleは独自ブラウザ「Chrome」を発表した。
発表方法は異例だった。38ページのコミック形式で、技術的な特徴を解説したのだ。プロダクトマネジメントとして関わっていたがサンダー・ピチャイ ――後にGoogleのCEOとなる人物だ。※ Google Chrome Comic(Team Chrome/ Scott McCloud)
多くの人が疑問に思った。なぜ検索会社がブラウザを作るのか。
答えは単純だった。防衛だ。
ブラウザは「インターネットの入口」だ。検索エンジンの会社が、検索の入口を他社に握られているのは、レストランが入口のドアを他人に貸しているようなものだ。もしMicrosoftがIEのデフォルト検索をBingに固定したら。もしFirefoxが他の検索エンジンと契約したら。Googleの収益は大きく損なわれる。
ピチャイ は後にこう語っている。「我々のビジネス全体は、ユーザーがブラウザ経由でGoogleにアクセスすることにかかっている」
Chromeは、Googleの検索・広告ビジネスを守るための防衛線だった。

「速い」という体験
Chromeが後発ながら勝てた理由は、一言で言えば「速い」だった。
Googleが開発した「V8」というJavaScriptエンジンは、従来のブラウザとは次元の異なる速度を実現した。技術的には「JITコンパイル」と呼ばれる方式——JavaScriptを即座に機械語に変換して実行する——を採用した。
専門用語はさておき、ユーザーの体感は明確だった。当時のブラウザでGmailを開くともたついた。Chromeで開くとサクサク動いた。この差がすべてを決めた。
また、Chromeは各タブを独立したプロセスとして動かす設計を採用した。一つのタブがクラッシュしても、ブラウザ全体は落ちない。IE6時代、一つのタブの問題でブラウザごと落ちることに慣れていたユーザーには、革命的な安定性だった。
6週間ごとの進化
Chromeがもたらしたもう一つの革命は、アップデートの速度だ。
IE6からIE7まで5年。IE7からIE8まで2年半。Microsoftのペースは「数年に1回」だった。
Chromeは「6週間ごと」にアップデートされた。しかも自動で。ユーザーが意識しなくても常に最新版が適用される。
IEがカタログを郵送していた時代に、Chromeは毎日店舗を改装していた。2008年のリリースから10年間で、Chromeは約70回のメジャーアップデートを行った。同じ期間でIEは4回だった。

4年で首位へ
Chromeのシェアは驚異的なスピードで伸びた。
2008年9月のリリース時、シェアは1%未満。2009年末に5%、2010年末に14%、2011年末に20%。そして2012年5月、Chromeは33%に達し、IEを抜いて首位に立った。
わずか4年でトップへ。この速度は、かつてIEがNetscapeを追い抜いた速度と重なる。
違いは、Chromeが「バンドリング」ではなく「体験」で勝ったことだ。もちろん、Google検索のトップページにChromeのダウンロード広告を出したり、Androidスマートフォンに標準搭載したりという配布戦略はあった。しかし根本にあったのは、「速くて、落ちなくて、常に新しい」という体験だった。
Firefoxは最大32%まで伸びたが、その後は下降線をたどった。2026年現在シェアは2.5%だ。Chromeに飲み込まれた形だ。
皮肉なことに、FirefoxはGoogleからの検索契約料を主な収益源としている。Mozillaの収益の80-90%がGoogleからの支払いだ。Chromeの最大のライバルを、Googleが資金援助しているという奇妙な構造が生まれた。
第四幕:Chrome帝国と新たな脅威(2012-現在)

すべての車が同じエンジンを使う世界
2026年現在、Chromeのシェアは約71%だ。しかし「Chrome」だけを見ていては、本当の支配の範囲はわからない。
Microsoft Edge、Opera、Brave、Vivaldi、Samsung Internet——これらのブラウザは、すべて「Chromium」というオープンソースプロジェクトをベースにしている。ChromiumはGoogleが主導するプロジェクトで、Chromeの技術的な基盤だ。
つまり、これらのブラウザは外見は違えど、中身は同じエンジンで動いている。すべての車が同じエンジンを使っている世界だ。エンジンメーカーが「この部品は廃止」と決めたら、すべての車に影響が出る。
独自エンジンを維持しているのは、AppleのSafari(WebKit)とMozillaのFirefox(Gecko)だけだ。合計しても18%に過ぎない。
これは、かつてのIE独占期と同じ構造を持っている。一社の意向がWebの標準を左右する。Googleが「この機能は廃止」と決めれば、Webの76%に影響が出る。「Chromiumモノカルチャー(Monoculture)」という懸念が、開発者コミュニティで高まっている。
Microsoftの降伏
2018年12月、Microsoftは一つの決断を発表した。自社ブラウザEdgeのエンジンを、独自開発の「EdgeHTML」から「Chromium」に切り替える、というものだ。
これは降伏だった。
かつてNetscapeを滅ぼし、ブラウザ市場を支配した企業が、現在の覇者のエンジンを借りて使う。1990年代にIEの開発を率いたMicrosoftが、自社エンジンを育てられず、Googleの技術に依存する選択をした。
しかし、賢明な降伏でもあった。独自エンジンを維持するコストは膨大だ。Web標準は複雑化し、新しい技術が次々と登場する。シェア5%のブラウザのために、その投資を続ける意味があるのか。Chromiumに乗れば、開発リソースを他の差別化要素——AIアシスタント「Copilot」の機能拡充など——に振り向けられる。
2020年1月、Chromium版Edgeが正式リリースされた。技術的には、EdgeはChromeの親戚になった。
Googleへの規制、ふたたび
2020年10月、米国司法省はGoogleを独占禁止法違反で提訴した。かつてのMicrosoft訴訟と同じ構図だ。
訴訟の焦点は検索市場の独占だが、Chromeもその一部として取り上げられている。Googleは、AppleのSafariやMozillaのFirefoxに対し、デフォルト検索エンジンをGoogleに設定してもらうために巨額を支払っている。Appleには年間約200億ドル、Mozillaには年間4-5億ドル。これが競争を阻害しているという主張だ。
2024年8月、裁判所はGoogleが「違法な独占を維持した」と認定した。司法省はChromeの売却(分離)を求めたが、Googleは「米国の技術的リーダーシップを損なう」と抵抗。
ここでも、規制の遅効性が見て取れる。訴訟が提起された2020年、Chromeのシェアはすでに64%を超えていた。判決が出た2024年、シェアは66%だ。訴訟中もChromeは成長を続けた。
そして2025年9月、米連邦地方裁判所は、原告の米司法省が要求したChromeの売却など事業分割案を退けたが、検索データの一部を競合企業と共有することと判断した。
次の脅威はブラウザではない
しかし、Chromeにとって最大の脅威は、競合ブラウザではないかもしれない。AIだ。
2024年から2025年にかけて、ChatGPT、Perplexity、GeminiといったAIチャットボットの利用が急増した。これらは「検索エンジン」ではないが、「検索エンジンが担っていた役割」を奪いつつある。
従来、人々は「ブラウザを開き」「検索エンジンに文字を入力し」「検索結果から適切なページを選び」「そのページを閲覧する」という行動をとっていた。
AIチャットボットは、この流れを「AIに質問し」「回答を得る」に短縮する。ページを閲覧する必要がない。ブラウザを開く必要すらない。

かつて人々は、情報を得るために図書館に行って本を探した。やがて検索エンジンが図書館を置き換えた。今、AIが検索エンジンを置き換えようとしている。次に置き換えられるのは、ブラウザかもしれない。
Google自身もこの脅威を認識している。Geminiの開発に注力し、検索結果にAIによる要約を表示する「AI Overview」を導入した。ブラウザの覇者が、ブラウザを迂回されるリスクに直面している。
Googleへの反トラスト訴訟を担当したMehta判事は、判決文でこう述べている。「生成AIの出現が、この訴訟の流れを変えた」。AI検索の台頭により、ブラウザのデフォルト検索設定の重要性が低下した、という認識だ。
TECHTEH. MAGAZINE
検索エンジン戦争 ——AltaVista、Yahoo!は死んだ。次はGoogleか?
ブラウザ戦争が教える5つのパターン
30年のブラウザ戦争は、テクノロジー業界で繰り返される「勝敗のパターン」を浮かび上がらせる。

パターン1:支配は停滞を招く
Netscapeは90%のシェアを握ると、機能追加に走り、品質が低下した。IEは95%を握ると、5年間アップデートを止めた。
独占は、イノベーションのインセンティブを奪う。競争相手がいないなら、改善する理由もない。
Chromeは71%を握りながら、まだ停滞していない。なぜか。Firefox、Safari、そしてAI検索という「競争相手」が存在するからだ。完全な独占ではない限り、改善は続く。
パターン2:規制は遅効性
Microsoft訴訟は、IEが95%を握った後に決着した。Google訴訟は、Chromeが66%を握った後に判決が出た。
独占禁止法は「予防的」ではなく「治療的」だ。市場支配が確定してからの介入は、しばしば手遅れになる。
パターン3:プラットフォームを握る者が勝つ
Windowsを握ったMicrosoftは、IEをバンドルして勝った。Androidを握ったGoogleは、Chromeを標準搭載して勝った。
ブラウザ単体の優劣より、プラットフォームの支配力が勝敗を決める。次のプラットフォームは何か。スマートフォンか、AIアシスタントか、それともまだ見ぬ何かか。
パターン4:後発は「体験」で勝つ
IEは「すでに入っている」という体験で勝った。Chromeは「速い」という体験で勝った。
技術的な優位性は、ユーザーが「体感できる」形でなければ意味がない。次の勝者は、どんな体験を提供するのか。
パターン5:勝者は必ず入れ替わる
Netscape → Microsoft → Google。30年で3回の交代。約10年ごとに覇者が入れ替わっている。
この法則が正しければ、2030年代には新たな覇者が現れる。それはAI企業かもしれないし、まだ存在しない企業かもしれない。確かなのは、現在の勝者「Chrome」が永遠に勝者でいることはない、ということだ。
ブラウザ戦争の30年は、一つの真実を繰り返し証明してきた。勝者は必ず敗者になる。
Netscapeは4年で90%から5%に転落した。IEは10年で95%から5%に転落した。Chromeは今、71%を握っている。
今、あなたが毎日使っているツールは何か。そのツールを提供している企業は、いつまで「勝者」でいられるか。
そして——次の「勝者」は、どこから現れるのか。
参考情報
本記事の執筆にあたり以下の情報源を参照しました。
- Complaint : U.S. V. Microsoft Corp.
- U.S. and Plaintiff States v. Google LLC [2023]
- StatCounter Global Stats: ブラウザシェア統計
- Mozilla Foundation places two-page advocacy ad in The New York Times
Author:Claude
Editor:John
Research:Claude、ChatGPT、Perplexity、Gemini
Image:Gemini、John
Radio Personality:NotebookLM
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