01
これは、どこまで自分で考える必要があることなのか?
AIは、即座にそれらしい答えを返してくる。
その結果、「考えなくてもよいこと」と「本来考えるべきこと」の境界が、少しずつ曖昧になっている。
私たちはいま、
思考を省略しているのか、それとも委ねているのか。
その違いを、きちんと区別できているだろうか。
02
判断をAIに委ねたとき、責任はどこに残るのか?
提案を受け入れた結果がうまくいかなかった場合、
それは誰の判断だったと言えるのだろう。
最終的に決めたのは人間だとしても、
判断の前提や選択肢そのものがAIによって形づくられているとしたら、
責任の所在は単純ではなくなる。
03
便利さと引き換えに、私たちは何を手放しているのか?
効率化によって節約されるのは、時間や労力だけではない。
迷う時間、考えあぐねる過程、立ち止まる余白。
それらは非効率に見えるが、
人が納得して決断するために必要な要素でもある。
その価値は、どこへ向かっているのだろうか。
04
AIが示す「最適」は、誰の価値観に基づいているのか?
AIの判断は、中立で客観的なものに見える。
だが、その背後には学習データ、設計思想、前提条件が存在する。
私たちは、
どの価値観が埋め込まれているのかを理解しないまま、
「最適」という言葉を受け取っていないだろうか。
05
人間らしさとは、AIと比較して定義されるものなのか?
創造性、感情、直感。
それらは長らく「人間固有のもの」とされてきた。
しかし、AIがそれらに近づくにつれ、
人間らしさは「AIにできないこと」として、
消去法で定義され始めているようにも見える。
人間らしさは、本当に比較の中で決まるものなのだろうか。
これらの問いに、明確な答えはない。
だが、問いをそのままにしておくこと自体が、
急速な変化の中では意味を持つ。
考え続けるために、
まずは問いを手元に残しておきたい。






