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携帯電話・スマホの競争歴史——Motorola、Nokia、BlackBerry、そしてApple。次は誰か
公開日: 2026.01.30
最終更新日: 2026.01.30

携帯電話・スマホの競争歴史——Motorola、Nokia、BlackBerry、そしてApple。次は誰か

TECHTECH. MAGAZINE / 「どうやってやったんだ」——BlackBerry創業者がiPhoneを見て呟いた日からすべてが変わった。
モバイル戦争——Motorola、Nokia、BlackBerry、そしてApple。次は誰か

2007年1月、Microsoft CEOスティーブ・バルマーはiPhoneを見て大笑いした。「500ドル?キーボードもない?」

同じ日、BlackBerryの共同CEOは自宅でiPhone発表を見てこう呟いた。「どうやってやったんだ?」——彼の会社の株価は、その後97%下落した。

Nokiaは2007年、世界のスマートフォン市場の51%を握っていた。2013年には3%になった。

40年のモバイル戦争は、何を教えているのか。

Motorola→Nokia→BlackBerry→Apple/Google。約10年ごとに覇者が入れ替わるこの法則が正しければ、次の覇権交代は2030年代——AIエージェントの時代に起きる。

音声で聞く(β版)

第一幕:携帯電話の誕生とNokiaの台頭(1983-2006)

モバイル戦争——Motorola、Nokia、BlackBerry、そしてApple。次は誰か

「ジョエル、マーティだ。携帯電話から電話しているんだ」

1973年4月3日、ニューヨーク・マンハッタンの6番街。Motorolaのエンジニア、マーティン・クーパーは、ライバル企業AT&T Bell Labsの責任者ジョエル・エンゲルに電話をかけた。

「ジョエル、マーティだ。携帯電話から電話しているんだ。本物の手持ち式携帯電話からね」

これが人類初の携帯電話通話だった。クーパーは後にこう語っている。「ライバルに勝利を見せつけることに、私が躊躇しなかったのは明らかだろう」。通話中、彼はタクシーにぶつかりそうになった。

クーパーが手にしていたプロトタイプは、わずか90日で開発されたものだった。しかし商用化には10年かかった。

今私たちが『スマホ』と呼ぶこの四角い板は、ここから始まった。

「レンガ」という名の革命

Motorola DynaTAC 8000X
Motorola DynaTAC 8000X

1983年3月6日、Motorola DynaTAC 8000Xが発表され、1984年4月に発売された。

重量790g、高さ25cm(アンテナ含め33cm)。通話時間30分、充電時間10時間。価格は3,995ドル——2024年換算で約12,000ドル(約200万円)だ。人々はこれを「The Brick(レンガ)」と呼んだ。

バッテリー寿命について、クーパーはこう冗談を言った。「バッテリー寿命は本当の問題ではなかった。そもそもあの電話をそんなに長く持ち上げていられなかったからね」

しかしこのレンガは、待機顧客数千人という大ヒットとなった。携帯電話は「ビジネスエリートのステータスシンボル」として市場を創出した。

フィンランドの製紙会社が覇者になるまで

Nokiaの起源は、1865年にフレドリック・イデスタムがフィンランドに設立したパルプ工場だ。ゴム、ケーブル、そして携帯電話——100年以上かけて、会社は何度も姿を変えた。

転換点は1992年、ヨルマ・オリラのCEO就任だった。元Citibank勤務のオリラは、激しい役員会闘争の末に就任すると、ゴム事業、電力事業、テレビ事業を売却し、モバイル事業に集中する決断を下した。部門の従業員45%を削減した。

そして彼は、もう一つの決定的な転換を行った。ターゲットを「ビジネスユーザー」から「若年消費者」に変えたのだ。

Forbes誌はこう評価した。「オリラはノキアを『赤字の寄せ集め企業』から『通信業界で最も収益性の高い企業の一つ』に変革した」

ヨルマ・オリラが就任した1992年からピークの2000年までで、Nokiaの株価はニューヨーク証券取引所で約3,000%上昇した。

Nokia 3210と3310——『ライフスタイル製品』への転換

Nokia 3210
Nokia 3210

1999年3月18日、Nokia 3210が発表。同年発売された。

大衆向け初の内蔵アンテナ、T9予測入力、交換可能な「Xpress-on」カバー、そしてSnakeゲーム。これは「ビジネス機器」から「ライフスタイル製品」への転換を象徴する製品だった。

デザイナーのアラスター・カーティスはこう振り返る。「以前は携帯電話売り場に行くと、Nokia、Ericsson、Motorolaの電話が並んでいた。今では店に入ると交換カバーの壁一面がある。その壁面で消費者の心を掴んでいたんだ」

Nokia 3210 Xpress-on

 

翌年発売のNokia 3310はコードネーム「カブトムシ」、「破壊不能」という異名を持ち伝説化した。

Nokia 3310
Nokia 3310​

この2モデルはそれぞれ1億台規模を売り上げたとされ、Nokiaを世界最大の携帯電話メーカーへと押し上げた(Mobile Phone Museumによるとノキアの従業員より実際の販売台数は2,000万から6,000万台程度だったとか)

この2モデルの爆発的な成功により1998年、NokiaはMotorolaを抜いて世界最大の携帯電話メーカーとなった。2007年にはスマートフォン市場でシェア51%、携帯電話全体市場では約40%という 圧倒的な覇権だった。

しかし、覇権の絶頂は、しばしば没落の始まりでもある。

 

第二幕:スマートフォン前史(1999-2007)

モバイル戦争——Motorola、Nokia、BlackBerry、そしてApple。次は誰か

「CrackBerry」という中毒

1999年、カナダのResearch In Motion(RIM)が初代BlackBerry(BlackBerry 850)を発売した。当初はポケベル型だった。

BlackBerry 850
BlackBerry 850

創業者は二人。マイク・ラザリディスは技術担当、ジム・バルシリーはビジネス担当だ。バルシリーは自宅を担保に125,000カナダドル(約2,000万円)を投資し、33%の株式を取得していた。

BlackBerryの成功の秘訣は「プッシュメール」だった。当時のメールは、サーバーに確認しに行かなければ届いていることすらわからなかった。BlackBerryはメールを数秒で端末に届けた。さらに企業向けの集中管理・セキュリティシステム「BlackBerry Enterprise Server(BES)」により、Fortune 500企業や政府機関から信頼を獲得した。

オバマ大統領も愛用者だった。「私はまだBlackBerryにしがみついている」(2009年)。「セキュリティ上の理由で、iPhoneを持つことは許可されていない」(2013年)。※Obama Digs In for His BlackBerryThe Guardian

人々はBlackBerryへの依存を「CrackBerry」と呼んだ。クラック・コカインのような中毒性を表す造語だ。

2008年、RIMの時価総額は約750億ドルに達した。2010年1月、米国スマートフォン市場シェア43%で首位。2011年9月には世界で8,500万人の加入者を抱えていた(これがピーク)。※First BlackBerry device hits the market

Palm:「PC屋がただ歩いて入ってくるなんてことはない」

1992年に創業されたPalm(パーム)は、PDA(携帯情報端末のこと。スケジュール、ToDo、住所録、メモなどの情報を携帯して扱うための小型機器)の先駆者だった。

PalmPilot
PalmPilot

1996年発売のPalmPilotは18ヶ月で100万台超を販売。創業者ジェフ・ホーキンスは「Zen of Palm」という哲学を掲げ、機能より体験を重視した。彼は最終製品と同じサイズ・重さの木のブロックを持ち歩き、携帯性への集中を維持したという。※CNET

2003年のTreo 600は「電話機能付きPDAではなく、電話」として評価された。

Treo 600
Treo 600

しかし2006年11月16日、CEOのエド・コリガンは運命的な発言をした。

「私たちは数年かけてまともな電話の作り方を学び、苦労してきた。PC屋がこれを簡単に理解できるはずがない。彼らがただ歩いて入ってくるなんてことはない」※Palm CEOのエド・コリガン氏の頭はどこかに立ち往生しているようだ

2ヶ月後、「PC屋」のAppleがiPhoneを発表。2010年、PalmはHPに12億ドルで買収され、その後消滅した。

Windows Mobile:「Microsoftの歴史における重大な失策」

Windows Mobile
Windows Mobile

Microsoftもモバイル市場に参入していた。Windows Mobileは2005年に米国市場の約17%のシェアを持ち、2007年にピークを迎えた。※Wikipedia

しかし根本的な欠陥があった。スタイラス依存、複雑な階層構造、そして何より「PCのUIを縮小しただけ」という設計思想だ。スタートボタン、タスクバー、ファイルシステム——すべてをそのまま持ち込んだ。移動中の片手操作には致命的に不向きだった。

ビル・ゲイツは後年こう告白した。「Microsoftの歴史における重大な失策だ。経営上の致命的な怠慢により、Microsoftが確保しようとしていた市場シェアをGoogleのAndroidに奪われてしまった」

2010年のシェアは2.7%。2017年には0%になった。

「頭おかしいのか?お前らは6人しかいない」

2003年10月、パロアルトでAndroid Inc.が設立された。創業者のアンディ・ルービンは、T-Mobile Sidekickの生みの親だ。Appleに勤務していた頃、同僚からロボット好きのため「アンドロイド」というニックネームをつけられていた——これが後のOS名になる。

T-Mobile Sidekick
T-Mobile Sidekick

当初のビジョンはデジタルカメラ用OSだった。しかし投資家にカメラOS市場を説得できず、2004年4月に携帯電話OSへ方向転換した。

2004年、ルービンは20人のSamsung幹部にピッチを行った。彼らの反応は「夢を見ているのか。お前とどの軍隊でこれを作るつもりだ?お前らは6人しかいない。頭おかしいのか?」と笑われたとルービンは語る。

わずか2週間後、Google共同創業者のラリー・ペイジがルービンに会い、買収に同意した。

2005年7月11日、Googleは約5,000万ドルでAndroid Inc.を買収した。

 


【幕間コラム】日本市場——「ガラパゴス」は本当に失敗だったのか?

モバイル戦争——Motorola、Nokia、BlackBerry、そしてApple。次は誰か

日本の携帯電話市場は、世界で最も特異な進化を遂げた。iPhoneが登場する8年前、日本はすでに「モバイルインターネット」を実現していた。その技術的先進性は本当に「失敗」だったのか。歴史を紐解くと、むしろ世界のスマートフォン文化の原型が日本で生まれていたという驚くべき事実が浮かび上がる。

iモードが切り拓いた「モバイルインターネット元年」

1999年2月22日、NTTドコモは世界初の携帯電話IP接続サービス「iモード」を開始した。コンセプトは「話すケータイから使うケータイへ」。※NTTドコモ

iモード
iモード

初日の記者発表会にはわずか7人の記者しか集まらなかった。後に「iモードの父」と呼ばれる夏野剛は、この日を「強い屈辱を覚えた」と回顧している。※“独裁者”夏野剛。今語る「成功ヒストリー」の全裏側

しかし、その後の成長は爆発的だった。サービス開始3ヶ月で20万契約、1年後には560万台2001年3月には2,000万人を突破

2006年1月、契約者数は4,568万7,117人に達し、「世界最大のワイヤレスインターネットプロバイダ」としてギネス世界記録に認定された。※ギネス

iモードの成功を支えた3人のキーパーソンがいた。

榎 啓一(えのき けいいち)は、開発総責任者として外部から招いた「外人部隊」と社内公募の「志願兵」を束ね、上層部の圧力からチームを守り続けた。彼の著書タイトル『iモードの猛獣使い 会社に20兆円稼がせたスーパー・サラリーマン』が、その功績を物語る。

松永 真理(まつなが まり)は自称「テクノロジー恐怖症」でありながら、コンセプト設計からネーミング、ロゴまでを手がけた。米フォーチュン誌は2000年、彼女を「アジアでもっともパワフルなビジネスウーマン第1位」に選出。「私は陽のあたるところに行こうとしたことはない。行ったところを陽に当たるようにしてきた」という彼女の言葉は、プロジェクト成功の哲学を凝縮している。※『iモード』の生みの親、松永真理の実像に迫る(下)

夏野 剛(なつの たけし)は、東京ガスから転じ、ウォートンスクールMBA、株式会社ハイパーネットを経てドコモに入社。「iモードはビジネス的な見地から考えた。技術ではないと言い続けた」と語る彼は、iモードのプラットフォーム設計を「都市計画の発想」で構築したという。※夏野剛氏が退社のワケを告白

App Storeより遥かに先進的だった「9%の革命」

iモードの真の革新性は、課金代行手数料にあった。NTTドコモはコンテンツプロバイダーからわずか9〜10%の手数料しか取らず、残りの90%を事業者に還元した。※携帯電話によるインターネット利用プラットフォーム

プラットフォーム課金の利用例:株式会社ソニー・コンピュータエンタテインメント
ドコモ公式サイト

これがどれほど画期的だったか。Apple App Storeの手数料は30%(小規模事業者でも15%)、Google Playも同様だ。株式会社ドワンゴの初代代表取締役社長であり、当時会長の川上 量生(かわかみ のぶお)は後にこう振り返る。

iモードモデルを世界に普及させた時、国内のNTTドコモの取り分は10%だったが、海外の事業者は50%取った。その結果、携帯コンテンツ文化が花開いたのは日本だけだった。 ※角川とニコ動が描く電子書籍の未来とは? 角川歴彦×川上量生 対談全文

この低い手数料が参入障壁を下げ、着メロ、待受画面、ゲーム、占いなど多様なコンテンツ市場が誕生。サイバード、グリー、DeNA(モバゲー)といった企業がここから成長した。iモードはApp Storeの原型だった——ただし、8年早く、より事業者に優しい形で。

絵文字(emoji)——日本から世界へ旅立った176のアイコン

iモードとともに生まれた絵文字(emoji)は、21世紀のコミュニケーションを永遠に変えた発明だ。

iモード(絵文字)
iモード(絵文字)

1998年、NTTドコモの若手社員だった栗田 穣崇(くりた しげたか)は、デジタルコミュニケーションにおける感情表現の限界を感じていた。「文字のみの短文では文意の誤解が生じやすい。感情のニュアンスの付加が必要で、絵文字の登場は時代の必然だった」。※絵文字(emoji)はどのように生まれ、世界に広がったのか?

栗田は12×12ピクセルという極めて限られた空間に、176種類の絵文字をデザインした。方眼紙に自ら筆を走らせ、最初に描いたのは「誰が書いても同じ」傘マーク。最も良かったと振り返るのは感情を示す顔の絵文字だ。

また、当初検討された「うんこ」マークは「送られてきた人が嫌な気持ちになる可能性がある」と却下された(後にUnicodeで世界標準に復活)。※ドコモの絵文字、MoMAに収蔵 「すごいことすぎて現実感が…」生みの親の思い

2006年、GoogleとAppleが共同でUnicodeコンソーシアムに絵文字の標準化を提案。2010年、Unicode 6.0で正式採用され、iOS、Android、Windows、Mac OSすべてに搭載された。「emoji」という日本語は「sushi」「tempura」と同様、世界語になった。※The WIRED Guide to Emoji

2016年10月、ニューヨーク近代美術館(MoMA)は栗田の初期176種類の絵文字を永久収蔵品に選定。キュレーターのパオラ・アントネッリは評した。

MoMA Emoji
©The Museum of Modern Art, New York

当時はテクノロジーがとても限定されていたにもかかわらず、これらの絵文字は本当に美しく、表現に長けている。これはMoMAの歴史におけるひとつの出来事ではない。時代を象徴するものだ。私たちは絵文字なくして生活できないのだよ※The Original NTT DOCOMO Emoji Set Has Been Added to The Museum of Modern Art’s Collection

シャープJ-SH04——「写メ」を発明した世界初のカメラ付き携帯

2000年11月1日、シャープは世界初の実用的カメラ付き携帯電話「J-SH04」をJ-PHONE(現ソフトバンク)から発売した。

J-SH04
J-SH04

開発の発案者はJ-PHONEの高尾 慶二。彼は女子高生が携帯電話とレンズ付きフィルムを持ち歩く様子から着想した。「写真をメールで送る」——今では当たり前のこの概念が、当時は革命的だった。

J-SH04のスペックは11万画素CMOSイメージセンサー、重量74グラム。自撮り用の凸面鏡は「カーブミラーからヒントを得た」もの。発売から1年で300万台を売り上げ、業界最後発だったJ-PHONEは一気に業界2位に躍進した。「写メ」という略語は自然発生的に誕生し、日本語として定着。

2024年4月、NHK「新プロジェクトX」で『弱小タッグが世界を変えた〜カメラ付き携帯 反骨の逆転劇〜』として放送。J-SH04は国立科学博物館の「重要科学技術史資料(未来技術遺産)」にも登録されている。

2026年現在、写真や画像はLINEやX、InstagramなどのSNSに置き換わっているため「写メ」は一般的には使われなくなり死語となった。

日本が「世界初」を量産した時代

日本のフィーチャーフォン(ガラケー)は、驚くほど多くの「世界初」を生み出した。

  • 1996年:世界初の着信メロディ機能(NTTドコモ「N103HYPER」)
  • 2000年:世界初の実用的カメラ付き携帯電話(シャープ「J-SH04」)
  • 2004年:世界初の「おサイフケータイ」(NTTドコモ、ソニーFeliCa搭載)
  • 2005年:世界初のワンセグ対応携帯電話(au「W33SA」)

特におサイフケータイは革新的だった。ソニーが1988年から開発していた非接触ICカード技術「FeliCa」を携帯電話に搭載。通信速度は最大847kbps、処理時間はわずか0.1秒。2004年7月のサービス開始から11年後、Apple iPhone 7の日本版でようやくFeliCaが採用された。

なぜ日本の技術は「世界標準」にならなかったのか

これほど先進的だった日本の携帯技術は、なぜ世界に広がらなかったのか。

技術的障壁として、FeliCaはソニーの特許技術であり、専用チップとライセンスが必要だった。過去にISO規格申請したが「近距離無線規格の乱立防止」を理由に否認された経緯がある。結果、NXPセミコンダクターズの「MIFARE」が世界シェア7割を獲得した。

通信規格の違いも大きかった。2G時代、日本はPDC方式(日本独自)、世界はGSM方式(世界の90%が利用可能)。この「ガラパゴス化」が3G時代にも影響を残した。

ビジネス的要因として、日本の通信政策は電波周波数を携帯キャリアに実質無償に近い形で貸与。海外では数百億円の競売となっている(2025年の電波法改正で日本もオークション制度が新設)。

また、通信キャリアが販売代理店に対し、新規契約や機種変更の獲得と引き換えに支払うインセンティブ販売奨励金制度で、これを原資にして高機能端末を安価で提供(「1円スマホ」が日本で乱立)。日本市場で独自進化が加速。しかし各キャリア専用仕様で設計されたため、派生輸出モデルを持たなかった。

「ガラパゴス」という言葉の起源

「ガラパゴス」という比喩は、エクアドル西方の孤島で、独自進化を遂げユニークな動物が暮らす生態系になぞらえ、日本市場の孤立を警告する言葉として生まれた。

最初の用例とされるのは2004年11月、VA Linux Systems Japanの佐渡 秀治(さど しゅうじ)が講演「OSS界のガラパゴス諸島、ニッポン」で使用したもの。

2006年、総務省のICT国際競争力懇談会で野村総合研究所の北俊一が論文で言及し、携帯電話業界で認識される用語に。

2008年、『ガラパゴス化する日本の製造業』が出版されて一般に広まった。※『ガラパゴス化する日本の製造業』 宮崎智彦

当初は警告的な意味だったが、現在は単に「スマートフォン以前の従来型携帯電話」を指す俗語として定着。「ガラケー」という略語は2000年代後半から使われ始めた。

日本メーカーの撤退——「負けた」というより「居場所を失った」

iPhoneの登場後、日本メーカーは次々と撤退した。その年表は痛々しい。

メーカー 撤退時期 備考
三菱電機 2008年3月 出荷台数低迷 ※参照
三洋電機 2008年4月 京セラが事業承継 ※参照
NEC 2013年7月 全盛期は国内人気1位 ※参照
パナソニック 2013年9月 ドコモ「ツートップ戦略」で大打撃 ※参照
富士通(FCNT) 2023年5月 民事再生法申請、レノボ傘下へ ※参照
京セラ 2025年3月 個人向けスマホ撤退決定 ※参照

唯一生き残ったソニー(Xperia)でさえ、2024年の出荷台数は前年比約43%減、シェア5%割れ寸前。※日経ビジネス

シャープは2016年、台湾・鴻海(ホンハイ)に3,888億円で買収された。就任した戴正呉(たい せいご)社長は「技術はあったがマネジメントが悪かった」と総括。徹底したコストカットで2017年3月期に黒字転換し、AQUOS事業は継続している。※NTT EAST

日本メーカー衰退の本質について、「中途半端に大きい市場」が問題だったと指摘された。国内だけで一定の利益が出せたため、グローバル展開への本気度が足りなかったのかもしれない。

孫正義がジョブズを口説いた「クレイジーな交渉」

2008年7月11日、日本でiPhone 3Gが発売された。独占販売権を獲得したのはソフトバンク。その裏には、孫正義とスティーブ・ジョブズの「クレイジーな」交渉があった。

孫正義は2014年、米PBSテレビで経緯を明かした。iPhoneが発表される2年前、ジョブズに電話をかけ会いに行った。手には「モバイル機能を加えたiPodのスケッチ」。※ログミー

ジョブズ: マサ、君のひどいスケッチなんかくれなくてもいいよ。僕には自分のがあるから
孫正義: あなたの製品が完成したら日本用に私にほしい
ジョブズ: マサ、君はクレイジーだ。まだ誰にも話したことないのに、君が最初に会いにきた。だから君にあげよう。
孫正義: 書面にして署名してほしい
ジョブズ: ノーだよ、マサ。署名なんかできない。だってキミはまだ携帯キャリアすら持っていないじゃないか。
孫正義: スティーブ、アナタが約束を守ってくれるなら、私は日本のキャリアをつれてくるから。

2006年、孫正義はボーダフォン日本法人を1兆7,500億円で買収して、日本における携帯キャリアを手に入れた。スティーブ・ジョブズとの約束を果たしたのだ。

2008年当時、「ドコモが本命、ソフトバンクは当て馬」が下馬評だった。しかしドコモはiモード、おサイフケータイ、ワンセグへのこだわりからAppleの厳しい条件を受け入れなかった。

発売当日、ソフトバンク表参道には1,500人以上が行列。3日前から並ぶ人もいた。孫正義は発売10分前に登場し宣言した。「今日は携帯電話がインターネットマシンになる、歴史的な記念すべき日」。

日本のiOSシェア67%——なぜ「iPhone大国」になったのか

2026年現在、日本のiOSシェアは60〜65%。主要先進国で最も高い水準だ(世界平均は約28%)。※Statcounter

なぜ日本でこれほどiPhoneが強いのか。

キャリア戦略が大きい。2009年、ソフトバンクは「iPhone for everybody」キャンペーンで「実質0円」を実現。若年層への普及を加速させた。2011年にauが、2013年にドコモがiPhone販売に参入し、3大キャリア全てが顧客獲得競争の「武器」としてiPhoneを使うようになった。

日本消費者の嗜好も影響している。MMD研究所の2025年調査によれば、20代女性の81%がiPhoneを使用。「友達がiPhoneだから」「自分だけAndroidだと浮く」という同調圧力が存在する。iPhoneユーザーの94.8%がiPhoneからiPhoneへ買い替えるという高いロイヤルティも特徴だ。

Androidの出遅れも見逃せない。ドコモ・auは自社サービス(iモード、LISMOなど)にこだわり、初期はiPhoneを軽視。「ガラスマ」(ガラパゴススマートフォン)で対抗した結果として「iPhone vs ガラスマ」の構図が日本で形成され、Samsung Galaxyは対立軸に入れなかった。知っての通り「ガラスマ」は敗北した。

Samsungが日本で「見えない存在」である理由

グローバルでマーケットシェア1〜2位を争うSamsung(サムスン)だが、2026年現在日本でのシェアは8%ほど。2024年にはXiaomiに抜かれ、2025年にはGoogleに抜かれた過去がある。※Statcounter

異常なのは、世界で唯一、日本発売モデルには「SAMSUNG」ロゴが表示されなかったこと。2015年のGalaxy S6から、本体の社名表記を削除。CMやパンフレットでも「Galaxy」ブランドを前面に出し、韓国企業であることを隠す戦略を取っていた(2023年にロゴ表示は復活)。

この理由は憶測もあるが、日韓関係の影響が否定できない。韓国産製品に対する好感度の低さ、定期的に報じられる反日問題が「韓国製品というだけで敬遠する」消費者層を日本で生んでいる。

ビジネスジャーナルは2024年、「サムスンが非常に中途半端な立ち位置に陥りつつある。他ベンダーのスマホと比較した際に”選ばれる理由”が薄まりつつあり、かなり危機的な状況」と分析。日本市場においてハイエンド市場ではiPhoneに、コスパ市場ではXiaomiに挟まれる苦しい状況だ。

2026年3月31日、iモード終了——27年間の遺産

2026年3月31日、NTTドコモのFOMA(3G)停波とともに、iモードは27年の歴史に幕を下ろす

最盛期の年間収益は約1兆5,000億円。累計では榎啓一の著書タイトルが示すように「20兆円」規模を稼いだプラットフォームだった。絵文字、着メロ、デコメール、おサイフケータイ——これらの文化はすべてiモードから生まれた。

夏野 剛は「iPhone登場で僕がドコモでやるべきことは終わった。だから辞めた」と2008年にドコモを去った。しかしiモードの遺産は、スマートフォン時代にも脈々と生きている。※日経クロステック


結論から言えば、日本のガラパゴス化は「失敗」ではなく「早すぎた成功」だった。

iモードはApp Storeの8年前にモバイルエコシステムを構築した。絵文字は世界のコミュニケーションを変えた。カメラ付き携帯、おサイフケータイ、ワンセグ——いずれも「世界初」だった。

問題は、これらの技術が「日本の閉じた市場で完結してしまった」ことだ。キャリア主導のビジネスモデル、独自規格への固執、グローバル展開への消極性。技術で勝って、ビジネスで負けた。

しかし、その遺産は確実に残っている。iPhoneの日本版がFeliCaを搭載しているのは、日本市場が「おサイフケータイなしでは売れない」ことをAppleに認めさせたからだ。絵文字がMoMAに収蔵されているのは、日本の発明が世界文化の一部になった証だ。

「ガラパゴス」は蔑称ではない。それは世界に先んじた日本の革新の証であり、同時にその革新を世界に届けられなかった教訓でもある。

この歴史を日本人は忘れてはいけない。次の未来を作るのはあなただから。


 

第三幕:iPhone革命(2007-2012)

モバイル戦争——Motorola、Nokia、BlackBerry、そしてApple。次は誰か

伝説のプレゼン「iPod、電話、インターネット——これは1つのデバイスだ」

2007年1月9日、サンフランシスコのMoscone West。スティーブ・ジョブズは90分のプレゼンテーションで世界を変えた。

「この日を2年半待っていた。時折、すべてを変える革命的な製品が登場する」

彼は3つのデバイスを紹介した。タッチ操作のワイドスクリーンiPod。革命的な携帯電話。画期的なインターネット通信機器。

しかし、スティーブ・ジョブズは続けてこう言う。「わかってきた?これは3つの別々のデバイスではない。1つのデバイスなんだ。そしてこれをiPhoneと呼ぶ」

そして、Moto Q、BlackBerry、Palm Treo、Nokia E62の写真を並べて見せた。「これらはすべて、必要かどうかに関わらずキーボードがついている。」「これではすべてキーボードに依存してします。だからボタンをすべて取り除いて、巨大な画面を作りましょう。」

続けてジョブズは指について語った。「我々は生まれてからすべての人が最高のポインティングデバイスを持っている。スタイラスペンではない。指だ。」

会場は熱狂した。

BlackBerryの終焉

その日、世界中の携帯電話会社の幹部たちは衝撃を受けていた。

BlackBerryの共同設立者マイク・ラザリディスは自宅のトレッドミルでテレビ中継を見ていた。「どうやってそれをやったんだ」——彼はそう呟いた。

iPhoneを入手して分解した後、彼は言った。「これにMacを入れたんだ」

RIM内部の技術者たちは「技術的に不可能(Impossible)」と結論づけた。「そんな電力消費の激しいプロセッサなしに、ジョブズが見せたデモのようなことはできない。バッテリー寿命はひどいに違いない」

共同CEOのジム・バルシリーは2007年2月、Reutersにこう語った。「すでに多くの選択肢がある非常に混雑した市場へのもう一つの参入者に過ぎない。BlackBerryにとっての大変革という点では、それは大げさだと思う」※Reuters

そして2007年11月には「Apple iPhoneのタッチスクリーンでウェブキーを入力してみろ。何を入力しているか見えない」とも言った。

2008年5月、ラザリディスはこう主張した。「最もエキサイティングなモバイルトレンドはフルQWERTYキーボードだ。申し訳ないが、本当にそうなんだ。作り話じゃない」

映画「ブラックベリー」より

そして2015年、バルシリーはようやく認めた。「2007年のiPhone発表後、BlackBerryは競争できないとわかっていた」——8年後の告白だった。※Inc

しかしその8年間、BlackBerryは物理キーボードへの固執を続けた。2010年1月には米国スマートフォン市場シェア約40%で首位だったが、2012年には約7%、2016年には0%に転落した。株価は147.55ドルから5ドルへ、97%下落した。「わかっていた」のに、動けなかった——それがパス・ディペンデンス(経路依存性)の恐ろしさだ。※BusinessInsider

Project Purple:「ファイト・クラブ」と呼ばれた秘密開発

iPhoneの開発は2004年11月7日に始まった。コードネームは「Project Purple」。ハードウェア担当のトニー・ファデル、ソフトウェア担当のスコット・フォーストール、デザイン担当のジョナサン・アイブ——推定1.5億ドルを投じた30ヶ月のプロジェクトだった。

フォーストールは、スティーブ・ジョブズからスマートフォン用のすべてのソフトウェア開発を担当させた。しかし会社の外からは誰も雇えないと。またAppleはこれまで携帯電話を作ったことがなかった。

そんな状況の中、フォーストールは社内で人材採用を行うとき「新しいプロジェクトを始める。あまりに秘密なので、そのプロジェクトが何かさえ言えない。誰のために働くかも言えない。言えるのは、このプロジェクトを受け入れれば、夜も働き、週末も働き、おそらく数年間そうなるということだ」と伝えていた。※ALL ThingsD

開発拠点は「Purple Dorm(紫の寮)」と呼ばれた。「まさに寮のように、人々は常にそこにいた。ピザのような匂いがして、実際正面ドアに『ファイト・クラブ』という看板を掲げた——そのプロジェクトの第一のルールは、そのドアの外では話さないことだったから」。秘密保持は徹底していた。※iMore

「ハンドセットに賭けているのではない。ジョブズに賭けているんだ」

アメリカの大手携帯電話事業者AT&T(当時Cingular)との交渉で、Appleは前例のない条件を獲得した。

CingularのCEOスタン・シグマンは証言している。「電話を見ることなく契約を結んだ——スティーブがビジョンを実現するという確信があったからだ」

cingular apple
左スティーブ・ジョブズ、右スタン・シグマン:NYT

AT&TのCEOランドール・スティーブンソンはこう言った。「ハンドセットに賭けているのではない。ジョブズに賭けているんだ」

Appleが獲得した条件:完全なデザインコントロール、キャリアのブロートウェアとブランディングの禁止、月額約10ドルの収益シェア(初年度推定7.2億ドル)、5年間の独占契約。※Forbes

これは通信会社の頭越しにメーカーが支配権を持った初のケースだった。業界のパワーバランスが転換した。

App Store:ジョブズが最初は反対した革命

AppStore(2008)
2008年リリースしたAppStoreのロゴ

ジョブズは当初、封鎖されたプラットフォームを望んでいた。サードパーティアプリはウェブアプリで対応するつもりだった。

しかしフィル・シラー、取締役のアート・レビンソン、スコット・フォーストールらがそれに反対した。開発者からは激しい反発が起き、「ジェイルブレイク(脱獄)」コミュニティによる非公式アプリが盛り上がった。

2007年10月2日、ジョブズは方針を転換した。「わかった、Cocoa Touchアプリを有効にしよう」※アプリケーションを開発するためのアプリケーション ※TechCrunch

2008年7月10日、App Storeが開始された。初期アプリは500(25%無料)、開発者収益分配は70%開発者/30%Apple。初週末で1,000万ダウンロード、2009年4月には10億ダウンロードを達成した。

ジョブズは2008年8月、Wall Street Journalにこう語った。「App Storeは想像をはるかに超えた大きさだ。モバイル業界はこのようなものを見たことがない。正直に言えば、コンピュータ業界もだ」※Wall Street Journal

iPhoneの販売は加速した。2007年139万台、2008年1,163万台、2009年2,073万台、2010年3,999万台、2011年7,230万台、2012年1億2,503万台。

「くそっ、あの電話は出荷しないことになりそうだ」

iPhone発表の日、もう一人の男が衝撃を受けていた。Android生みの親アンディ・ルービンだ。

当時Googleで開発中だったAndroidのプロトタイプ「Sooner」は、BlackBerry風のデバイスだった。非タッチスクリーン、物理QWERTYキーボード。

Android Sooner
Android Sooner——androidcentral

フレッド・フォーゲルシュタインの著書「Dogfight」によれば、ルービンはiPhoneの発表を見てこう言った。

「くそっ、あの電話は出荷しないことになりそうだ」

Androidエンジニアのクリス・デサルボはこう振り返る。「消費者として、衝撃を受けた。すぐに欲しかった。しかしGoogleエンジニアとして、『最初からやり直さなければ』と思った」※アップルvs.グーグル: どちらが世界を支配するのか

Googleは方向転換を決断した。「Sooner」は破棄され、タッチスクリーン対応の「Dream」へと開発をシフトした。

 

第四幕:Androidの逆襲とNokiaの没落(2008-2014)

モバイル戦争——Motorola、Nokia、BlackBerry、そしてApple。次は誰か

アプリケーションベンダーはボリュームによって動かされる

2008年9月23日、HTC Dream(T-Mobile G1)が発表された。初のAndroid搭載端末だ。物理キーボードとタッチスクリーンを併せ持つ、過渡期のデザインだった。

HTC Dream
HTC Dream​

GoogleのCEO、エリック・シュミットは戦略をこう説明した。「アプリケーションベンダーはボリュームによって動かされる」※YouTube

Androidはオープンソースで、無料でソース開示された。複数のメーカーがライセンス可能で、Googleの検索やサービスを組み込む戦略だ。端末メーカー各社に歓迎され、爆発的に普及した。

Googleの真の狙いは端末販売ではなかった。莫大なモバイル広告収入とデータの獲得だ。Google幹部はこう説明した。「AndroidはユーザーがGoogleサービスを使う入口を確保するため必要だった」

2009年秋、Motorola DROIDが発売された。「iDon’t(iPhoneにはできない)」マーケティングキャンペーンでマルチタスクやカスタマイズ性を訴求し、ギーク層やアンチApple層を取り込んだ。

Motorola DROID
Motorola DROID

Androidの成長は驚異的だった。世界市場シェアで2009年1月の0.66%から、2010年12月には13.6%まで伸ばす。2011年8月には20.6%でAppleのiOSを初めて抜く。2012年5月には23.81%でSymbianを逆転し首位に。同年年末には33.19%まで成長した。※Statcounter

スティーブ・ジョブズ大激怒――核戦争を行う覚悟がある

スティーブ・ジョブズはAndroidの台頭に激怒した。

ウォルター・アイザックソンの伝記「Steve Jobs」(2011年)によれば、ジョブズはこう宣言した。

必要ならば最後の息を使い、Appleの銀行にある400億ドルのすべてを使って、この間違いを正す。Androidは盗作だから破壊する。核戦争を行う覚悟がある。

パロアルトのカフェで、ジョブズはエリック・シュミットと会談した。「お金は要らない。50億ドルを提示されても要らない。お金は十分ある。Androidで私たちのアイデアを使うのをやめてほしい。それだけだ」

2010年10月25日のスティーブ・ジョブズから送られたメール「Top 100 – A」にはこう書かれていた——「2011年 Googleとの聖戦(2011: Holy War with Google)」。

Google側も宣戦布告した。2010年のGoogle I/Oで、ヴィック・グンドトラはこう述べた。

もしGoogleが行動を起こさなければ、1人の男、1つの会社、1つの端末、1つのキャリアしか選択肢がないような残酷な未来が待っていた。それは我々が望む未来ではない

「燃えるプラットフォーム」——歴史上最も有名な企業メモ

2011年2月8日、NokiaのCEOスティーブン・エロップが全社員に向けて送ったメモがEngadgetにリークされた。歴史上最も有名な企業メモの一つとなった。

エロップは、北海の石油プラットフォームで働く男の寓話からメモを書き始めた。ある夜、爆発が起きてプラットフォーム全体が火に包まれた。男は「燃えるプラットフォーム」の上に立っていた。選択をする必要があった。彼は冷たい海に飛び込むことを決めた。

「私たちは燃えるプラットフォームの上に立っていることを学んだ。そして、複数の爆発がある——私たちの周りで燃え盛る火を煽る複数の灼熱点がある」

エロップはiPhoneについて書いた。「最初のiPhoneは2007年に出荷されたが、私たちにはまだ彼らの体験に近い製品がない」

Androidについて。「Androidはわずか2年前に登場し、今週、スマートフォン出荷台数で私たちのリーダーシップを奪った。信じられない」

そして自己批判。「私たちは自分たちの燃えるプラットフォームにガソリンを注いだ」

最も重要な認識はこれだった。「競合他社はもはや端末で我々のシェアを奪っているのではない。エコシステム全体で我々のシェアを奪っているのだ」と。

ここから現在に続く「プラットフォーム支配」が静かに始まっていた。

恐怖の文化——なぜNokiaは内部から崩壊したか

INSEADの研究者ヴオリとフイは、76人以上のNokia社員にインタビューを行い、2016年に論文を発表した。「Nokiaがスマートフォン戦争に負けた理由」だ。

彼らが発見したのは「恐怖の文化」だった。

トップマネージャーは「極めて気性が激しい」とされ、「声の限りに叫ぶ」ことが報告された。解雇や降格の脅しが日常茶飯事だった。

結果として、情報は上に流れなかった。

中間管理職の証言としては、「トップマネジメントは直接嘘をつかれていた。上司がグラフのデータポイントを右に動かせと言ったのを覚えている——より良い印象を与えるために。」

技術的なリーダーシップも欠如していた。「Appleではトップマネージャーがエンジニアだ。私たちはすべてをビジネスケースにして、何が良いかを証明するために数字を使う。一方Appleはエンジニア主導だ」

また、Nokiaのトップマネージャー自身がこう告白した。「トップマネジメントチームには本当のソフトウェア能力がなかった」と。

なぜNokiaはAndroidを採用しなかったか

Nokiaには選択肢があった。Androidを採用するという選択肢だ。しかし彼らは拒否した。

エロップは「差別化はかなり大きな課題になりうる。コモディティ化のリスクが劇的に増加する」と懸念を示した。

幹部の一人、アンシ・ヴァノキはこう言った。「Androidを採用するのは『暖を取るためにズボンに小便をする』ようなものだ」と。(フィンランドには「Lämmitellä kuin kusemalla housuihinsa pakkasella(凍える寒さの中でズボンに尿をかけて温まる)」という、「目先の利益のために長期的にはさらに悪い結果を招く」ことを意味する古い言い回しがある)※Operation Elop――The final years of Nokia’s mobile phones

代わりにNokiaはWindows Phoneを選んだ。2011年2月にWindows Phone戦略を発表したが、Lumia 800の発売は2011年11月——9ヶ月間、売る製品がなかった。

Nokia Lumia 800
Nokia Lumia 800

世界での市場シェアは崩壊した。2010年約37%ほどで世界トップのマーケットシェアは、2013年にAppleとSamsungに抜かれ、2015年には約8%まで減少。その後は語るまでもない。

「私たちは何も間違ったことはしていない。しかしなぜか、負けた」

2013年9月、MicrosoftがNokiaのデバイス部門を72億ドルで買収すると発表された。

記者会見で、エロップは涙ぐみながら語った。「私たちは何も間違ったことはしていない。しかしなぜか、負けた」※IT Mediaエグゼクティブ

買収は2014年4月に完了した。7月には18,000人の解雇が発表。2015年7月、Microsoftは76億ドルの減損処理を行った——Microsoft史上最大の損失だ。さらに7,800人が追加解雇された。

2016年5月、フィーチャーフォン事業がHMD GlobalとFoxconnに3.5億ドルで売却された。Nokiaの携帯電話事業は事実上消滅した。

時価総額2,000億ドル以上(2000年)あったNokiaは、72億ドルの売却(2014年)へ。97%の下落だった。※「ザッカーバーグ氏は個人資産でノキアを購入可能」

 


【幕間コラム】中国メーカーの台頭——次の覇者はどこから?

モバイル戦争——Motorola、Nokia、BlackBerry、そしてApple。次は誰か

2026年、スマートフォン世界市場の勢力図は劇的に変化している。Appleが首位、Samsungが2位、そしてその背後には中国メーカーが地滑り的に勢力を拡大している。Xiaomi、OPPO、Vivo、そしてあまり知られていないが世界4位に躍進した「Transsion」。彼らはどこから来て、どこへ向かうのか。

雷軍の「5%宣言」——利益を捨てた男

Xiaomi
Xiaomi(シャオミ)

2018年4月25日、武漢大学でのスマートフォン発表会。Xiaomi創業者の雷軍(レイ・ジュン)は驚くべき宣言をした。

Xiaomiは永久に、ハードウェア事業の税引後純利益率を5%以下に制限する。超過分はユーザーに還元する ※PC Watch

要するに儲けを抑えて、超えた分はユーザーに戻すというのだ。

この「5%宣言」は取締役会で正式承認され、Xiaomiのビジネスモデルの根幹となった。実際、当時Xiaomiの1台あたり利益はわずか約2ドル、純利益率は約1%。対してApple iPhone Xの粗利益率は64%だった。ここからXiaomiの快進撃が始まる。※iDB

雷軍は1969年生まれ、湖北省出身。Kingsoft(金山軟件)でCEOを務めた後、Joyo.com(卓越網)を共同創業し2004年にAmazonに7,500万ドルで売却。その後はエンジェル投資家として活動し、2010年4月、Xiaomiを創業した。

Xiaomiの革新は「Mi Fans」コミュニティ戦略にある。2010年8月、MIUI(カスタムAndroid)の初版公開時にフォーラムを設立。毎週金曜「Orange Friday」にMIUI開発者版を更新し、ユーザーからフィードバックを収集。2024年時点で月間アクティブユーザーは6億4,000万人を超える。Xiaomi幹部は「10万人のR&Dチームを持つようなもの」と語る。※
Xiaomi Marketing Strategy: MIUI Fans, Flash Sales, and Value Pricing

2025年、Xiaomiの世界シェアは約10%で第3位。日本市場でも2024年にシェア6%、前年比359%増という爆発的成長でシャープを抜いて3位に躍進した。※Global Times

BBKエンパイア——OPPOとVivoの「見えない帝国」

中国スマートフォン市場には、あまり知られていない事実がある。OPPO、Vivo、OnePlus、Realme——これらはすべてBBK Electronics(歩歩高電子・ブーブーガオ)をルーツとする「兄弟ブランド」だ。

1995年、段永平(ダン・ヨンピン)が広東省東莞市でBBK Electronicsを設立。1999年に3部門を独立企業化し、2004年に陳明永(チェン・ミンヨン)がOPPOを設立、2009年に沈煒(シェン・ウェイ)がVivoを分離独立させた。

OPPO(オッポ)は「充電5分、通話2時間」というキャッチコピーで知られるVOOC Flash Chargeを2014年に世界で初めて実用化。2022年には240W SUPERVOOCを発表し「9分でフル充電」を実現。

OPPO
OPPO(オッポ)

 

Vivo(ヴィーヴォ)は、2012年に当時世界最薄のスマートフォンであるVivo X1、2013年に世界初の2Kディスプレイ搭載モデルVivo Xplay3S、2018年に世界初のディスプレイに指紋センサーを内蔵したX20 Plus UDを発売した。

vivo
vivo(ヴィーヴォ)

この世界初の称号を淡々と実現していく中国勢。かつての日本の携帯電話と同じ構図だが、技術に固執せずグローバルでビジネスを展開したのが中国勢だったのかもしれない。

驚くべきは、BBK系列ブランドの合計出荷台数だ。2019年には2億5,000万台以上を出荷し、Apple、Huawei、Xiaomi各社を上回っていた。2025年現在、OPPOとVivoを合わせた世界シェアは約17〜18%。Samsungに匹敵する規模だ。※KrASIA

Transsion——アフリカを制した「知られざる巨人」

Transsion
Transsion(トランシオン)

日本でほとんど知られていないが、世界スマートフォン市場で第4位に躍進した企業がある。Transsion(伝音控股・でんおんかぎ)。本社は深圳、しかし中国では1台も販売していない。

創業者、竺兆江(ジュー・ジャオジャン)は1973年頃、浙江省寧波市生まれ。90カ国以上を訪問した経験から、新興市場向けモバイル通信会社を構想し、2006年に香港で設立。「伝音」は「音を伝える」という意味だ。

Transsionは3つのブランドを展開する。

  • TECNO:ミッドレンジ($60〜$250)、「Camera Monster」という愛称がある
  • itel:エントリーレベル($100未満)、初めてのスマホ購入者向け
  • Infinix:若者向けプレミアム($200〜$400)、オンライン特化

なぜ3ブランドか。消費者はTECNO、itel、Infinixを別々のブランドと認識し、相互に競合していると思うが、実際は同一企業内で競争を促進しているとされている。店舗の棚を複数ブランドで占有する戦略でもある。

そして、Transsionは、アフリカを中心に展開しており、2017年にはSamsungを抜かして、アフリカ市場でマーケットシェア1位のスマホメーカーとなった。

暗い肌でも美しく撮れるカメラ——究極のローカライゼーション

Transsionがアフリカ市場を席巻している秘密は、徹底したローカライゼーションにある。

最も象徴的なのは「暗い肌でも美しく撮れるカメラ技術」だ。従来のカメラ技術は、1940年代のコダック「シャーリーカード」に代表されるように白人の肌に最適化されていた。Transsionは1万枚以上のアフリカ消費者の写真を分析し、独自アルゴリズムを開発。暗い肌色で30%多くの光を捉えるよう最適化し、歯と目を検出して顔を認識する技術を実装した。

その他のローカライゼーションも徹底している。

  • クアッドSIM対応:アフリカでは66%のユーザーが複数SIMを使用
  • 長時間バッテリー:停電が頻発するため、最大3日間充電なしで使用可能
  • 現地言語対応:アムハラ語、スワヒリ語、ハウサ語などのキーボード
  • アフリカ音楽最適化スピーカー:自社音楽アプリ「Boomplay」は9,500万ユーザー
  • 耐油性指紋認証:インド向けに、手で食事する文化に対応

2011年、Transsionはエチオピア・アディスアベバにアフリカ大陸初の携帯電話製造工場を設立。1,800人を雇用し、年間100万台を生産。現地での「アフターサービスネットワーク」Carlcareも展開し、86の公式サービスセンター、1,000以上の修理拠点を持つ。

2019年9月、上海証券取引所・科創板(STAR Market)に上場。IPO価格から株価は一時6倍に達した。2024年の売上高は687億元(約96億ドル)。

深圳エコシステム——「世界の電子機器の90%を生産する都市」

なぜ中国からこれほど多くのスマートフォンメーカーが生まれたのか。答えの一つは深圳(深セン)にある。

「世界の電子機器の約90%がこの都市で生産されている」とShenzhen Open Innovation Labの所長David Liは語る。人口1,780万人、GDP約5,206億ドル(中国都市第3位)。1979年に中国初の経済特区に指定されるまで、稲作地帯の漁村だった。※Market Place

華強北(フアチャンベイ)電子市場は、その心臓部だ。総面積1.45㎢に38,000社が密集し、13万人以上が働く。深圳の電子製品取引量の90%がここで行われる。また日本の秋葉原を真似たとされるが、現在は30倍ほどの規模に成長している。※Wikipedia

また「深圳スピード」と呼ばれる開発スピードが圧倒的だ。シリコンバレーで数週間かかるプロトタイプ製作が深圳では数日で完了。「ナプキンのメモから日暮れ前には動作するプロトタイプが実現可能」とも言われている。

深圳にはHuawei、Tencent、ZTE、DJI、BYDといった巨大企業が本社を置く。Foxconnの主要製造拠点もここにあり、iPhoneの約60%がこの地域で組立てられている。

中国政府の「半導体自給」への執念

中国スマートフォンメーカーの台頭を支えるもう一つの要因は、中国政府の産業政策だ。

2015年に発表された「中国製造2025(Made in China 2025)」は、半導体自給率を2025年までに70%に引き上げる目標を掲げた。しかし実績はIC Insightsによれば約16%にとどまる。※EE Times

それでも投資規模は凄まじい。国家IC基金(ビッグファンド)は第1期193億ドル、第2期284億ドル、2024年発表の第3期は475億ドル(※REUTERS)。地方政府の基金も含めると、2014年以降の累計投資は推定1,500億ドルに達する。ITIF(米情報技術イノベーション財団)は「中国は2014年以降、毎年米国CHIPS法に相当する投資を実施してきた」と指摘する。※ITIF

Google、Facebook、YouTube、X(旧Twitter)などが遮断された「グレートファイアウォール」も、結果として国内企業の成長を促した。2025年WeChat月間アクティブユーザーは14億人超、Alibaba系EC市場シェア58.2%——これらの独自エコシステムが、中国スマートフォンの「ホームグラウンド」となっている。※statista

「覇者」の定義が変わる時代

「次の覇者」を考えるとき、私たちは「覇者」の定義を問い直す必要がある。

2025年、世界のスマホ出荷台数で見れば、中国メーカー(Xiaomi + OPPO + Vivo + Transsion + Huawei)の合計シェアは、Appleの約20%を上回る。※Counterpoint

利益で見れば、Appleの独壇場が続く。スマートフォン業界利益の約80%を、マーケットシェア20%のAppleが獲得する構図は変わっていない。

イノベーションで見れば、折りたたみスマホでHuaweiがSamsungと争い、急速充電技術ではOPPOが世界をリード。

地政学で見れば、「2つのモバイル世界」の分断が固定化しつつある。中国市場は中国メーカーの、グローバルプレミアム市場はApple/Samsungの領域として棲み分けが進む可能性が高い。

1990年代、日本は「ガラパゴス」で世界に先んじながら、その成功を世界に届けられなかった。2020年代、中国は「14億人市場」という巨大な足場を持ちながら、地政学的壁に直面している。

モバイル戦争の「覇者」は、もはや単一ではない。地域ごと、価格帯ごと、技術領域ごとに異なる「覇者」が並立する——それが2025年の現実であり、2030年に向けた最も蓋然性の高いシナリオだ。


 

第五幕:二強体制と次の覇権(2014-現在)

モバイル戦争——Motorola、Nokia、BlackBerry、そしてApple。次は誰か

99%を支配する二強体制

2026年現在、スマートフォンOS市場はiOS(約24%)とAndroid(約75%)で99%を超える。Symbian、BlackBerry OS、Windows Phone——かつての競合はすべて消滅した。

しかし「シェア」と「利益」は別の話だ。Androidが出荷台数の80%を占める一方、Appleは業界利益の約80%を独占する。Samsungは垂直統合(プロセッサ、メモリ、ディスプレイの自社製造)で世界最大のスマートフォンメーカーとなったが、利益率ではAppleに遠く及ばない。

規制当局も動いた。Epic Games vs Apple訴訟では2025年、Appleの「故意の」反競争的行為が認定された。EUのDigital Markets Act、米国DOJの独占禁止法訴訟——二強体制への挑戦は続いている。

だが、真の脅威は規制ではない。テクノロジーの世代交代だ。

「ポスト・スマホ」への挑戦——そして失敗

2024年、2つのデバイスが「スマートフォンの次」に挑んだ。

Humane AI Pin($699)は胸に装着する画面なしのAIデバイス。レーザープロジェクターで手のひらに情報を投影し、音声でAIと対話する——コンセプトは美しかった。しかし現実は厳しかった。応答に10秒以上、発熱でシャットダウン、バッテリー4時間。The Vergeは「ほぼすべてのことにおいて悪い」と酷評した。

Humane AI Pin
Humane AI Pin

Rabbit R1($199)はポケットサイズのAIガジェット。「LAM(Large Action Model)」でアプリを操作するという触れ込みだったが、実態はAndroidアプリのラッパーに過ぎなかった。「スマホでできること以上の価値」を提供できず、両者とも惨敗した。

Rabbit R1
Rabbit R1

Googleの選択——ハードではなくソフトで攻める

GoogleアシスタントとGemini
(左)Googleアシスタントから(右)Geminiへ

Humane AI PinやRabbit R1の失敗を横目に、Googleは別の道を選んだ。新しいハードウェアではなく、既存のAndroidにAIを注入する戦略だ。

2025年3月、Googleは発表した。「Google AssistantをGeminiに切り替える」。10年間Androidの音声アシスタントを担ってきたAssistantを、生成AIモデル「Gemini」に置き換える計画だ。当初は2025年末までの完了を目指していたが、「シームレスな移行を確実にするため」2026年に延期された。※Android Authority

Googleの狙いは明確だ。新しいデバイスを作るのではなく、世界中の30億台のAndroidデバイスをAIプラットフォームに変える。OpenAIやAppleが「スクリーンのない未来」に賭ける中、Googleは「すでにポケットにあるスクリーン」を支配し続ける道を選んだ。

Apple × Google——かつての宿敵が手を組む

さらに驚くべき展開がある。AppleのSiriにGoogleのGeminiが搭載されるのだ。

2026年1月25日、Bloombergのマーク・ガーマンは報じた。Appleは2026年2月後半に、Gemini搭載の新Siriを発表する予定だという。この新Siriは、Appleが2024年6月に約束した機能——ユーザーの個人データやオンスクリーンコンテンツにアクセスしてタスクを完了する能力——をようやく実現するものになる。※TechCrunch

さらに6月のWWDCでは、より大きなアップグレードが発表される見込みだ。ChatGPTのような会話型インターフェースで、Googleのクラウドインフラ上で直接動作する可能性があるという。

2025年12月、AppleのAI責任者ジョン・ジャナンドレア(元Google AI部門トップ)が退任した。Googleとの提携は、Appleが自社AI開発の限界を認めた証左かもしれない。

この提携は何を意味するのか。

iPhoneユーザーがSiriに話しかけるたび、その処理はGoogleのAIインフラで行われる。Appleはハードウェアとプライバシーを、GoogleはAI頭脳を提供する。かつてスティーブ・ジョブズが「Androidは盗作だ。核戦争を行う覚悟がある」と宣言した両社が、今やAIという共通の敵(OpenAI)に対抗するため手を組んだのだ。

OpenAI × ジョニー・アイブ——「スマホより平和な」デバイス

一方、OpenAIは正面からスマートフォンに挑戦しようとしている。

2026年1月、ダボス会議でOpenAIは発表した。「2026年後半にデバイスをリリースする」。※OpenAI、ジョニー・アイブ設計のAIデバイスを2026年後半に発表へ

2025年5月、OpenAIは元Apple最高デザイン責任者ジョニー・アイブのIO社を65億ドルで買収していた。iMac、iPod、iPhoneをデザインした伝説の人物が、今度は「スマートフォンより平和な」デバイスを作ろうとしている。

CEOサム・アルトマンはプロトタイプを「シンプルで、美しく、遊び心がある」と表現した。リーク情報によれば、スクリーンを持たず、音声とコンテクストに依存する設計だという。製造はFoxconnが担当する見込みだ。

Appleの対抗策——AirTagサイズのAIウェアラブル

Appleも独自のAIデバイスを開発している。

2026年1月の報道によると、AppleがAirTagサイズのウェアラブルデバイスを開発中という。複数のカメラ、マイク、スピーカーを搭載し、**スクリーンはない**。2027年のリリースが検討されており、iOS 27で刷新されるSiriと連動する設計だ。※AppleがAI搭載ウェアラブルピンを開発中。2027年発売を視野

MetaはすでにRay-BanスマートグラスでAIアシスタント市場を開拓している。

三つ巴の戦い——誰が「次のプラットフォーム」を握るか

Apple、Google、OpenAIの三つ巴戦か。
Apple、Google、OpenAI

2026年、AI時代のモバイル覇権をめぐる構図が見えてきた。

Googleは「ソフトウェアで攻める」。30億台のAndroidデバイスにGeminiを注入し、さらにAppleのSiriにまでAI頭脳を提供する。ハードウェアを作らずとも、世界中のスマートフォンがGoogleのAIインフラに依存する構図を作ろうとしている。

Appleは「両面作戦」だ。短期的にはGoogleのGeminiでSiriを強化し、長期的には独自のAIウェアラブルで「ポスト・スマホ」を狙う。ハードウェアとプライバシーという強みを維持しながら、AI競争で遅れを取り戻す戦略だ。

OpenAIは「正面突破」を選んだ。ジョニー・アイブという最強の援軍を得て、スマートフォンそのものを置き換えるデバイスを作ろうとしている。App StoreもGoogle Playも介さない、AIネイティブなプラットフォームの創造だ。

もしOpenAIが成功すれば、「アプリ」という概念そのものが揺らぐ。App Store、Google Play——現在の覇者たちの城壁が崩れる可能性がある。

なぜ今度は違うのか——AIモデルの進化

Humane AI Pinが失敗した2024年と、OpenAIがデバイスを発表する2026年では、AIモデルの能力が根本的に異なる。

2024年のAIは「質問に答える」ものだった。2026年のAIは「タスクを実行する」。

将来的には、ユーザーはAIエージェントに「来週の京都旅行の手配をして」と話しかけるだけで、AIが裏側でフライト予約、ホテル確保、レストラン予約を完遂する。個々のアプリのUIはユーザーの目に触れることなく、AIというレイヤーの下に隠蔽される。

次の覇権交代はいつ起きるか

モバイル戦争の歴史は、約10年ごとの覇権交代を示している。

Motorola(1983-1998)→ Nokia(1998-2007)→ BlackBerry/Apple(2007-2012)→ iOS/Android二強(2012-現在)

この法則が正しければ、次の覇権交代は2030年代前半に起きる。

それはOpenAIのAIデバイスかもしれない。AppleのAIウェアラブルかもしれない。あるいはGoogleがAndroid+Geminiで覇権を維持し続けるかもしれない。または、まだ誰も知らないガレージの中で生まれようとしている何かかもしれない。

確かなのは、「iPhone/Android」がこのまま永遠に勝者でいることはない、ということだ。

今、あなたが毎日使っているスマートフォンは何か。そのスマートフォンを提供している企業は、いつまで「勝者」でいられるか。

そして——次の「勝者」は、どこから現れるのか。

モバイル戦争が教える5つのパターン

40年のモバイル戦争は、テクノロジー業界で繰り返される「勝敗のパターン」を浮かび上がらせる。

パターン1:エコシステムはハードウェアより重要

Nokiaは2007年、世界最高の携帯電話を作っていた。市場シェアのリーダーだった。しかし6年後、そのシェアは数%に。 エロップの言葉が真理を捉えている。「競合は端末ではなくエコシステム全体でシェアを奪っている」 App Store、開発者生態系、ユーザーロックイン——これらが技術仕様より重要だった。

パターン2:パス・ディペンデンスは致命的

パス・ディペンデンス――経路依存性と訳され、一度選んだ過去の選択や歴史的な経緯が、現在の状況や将来の選択肢に大きな制約を与え、特定の方向に縛り付けてしまう現象。

成功した組織は、成功の「正解」に固執する。新しい環境への適応に遅れる。

Nokiaのパス・ディペンデンスは4層に及んだ。技術層(Symbian OSのレガシー)、戦略層(ハードウェア競争への固執)、組織層(フィンランド本社の政治)、外部協力層(キャリアへの依存)。

BlackBerryは物理キーボードに固執した。「最もエキサイティングなモバイルトレンドはフルQWERTYキーボードだ」——2008年にこう言った企業が、2016年にはシェア0%になった。

Microsoftは「PCのUIを縮小すればいい」と考えた。スタートボタンとタスクバーを携帯電話に持ち込んだ。2017年、モバイル事業は消滅した。

パターン3:スピードと実行力が勝つ

iPhoneは初代で完璧ではなかった。コピペすらできなかった。3Gにも対応していなかった。 しかしAppleはエコシステムの先制投資で優位性を確保した。App Storeを立ち上げ、開発者を囲い込み、ユーザーをロックインした。

Googleは「くそっ、あの電話は出荷しないことになりそうだ」と気がついた瞬間から即座にピボットを決断した。BlackBerry風の「Sooner」を破棄し、タッチスクリーン対応の「Dream」へ切り替えた。完璧を待たなかった。

Nokiaは2011年2月にWindows Phone戦略を発表したが、製品の発売は11月だった。9ヶ月間、売る製品がなかった。その間に市場シェアは崩壊した。

パターン4:開放性と統制のトレードオフ

Appleは統制モデルを選んだ。ハードウェア、OS、エコシステムを一元管理し、利益率と顧客体験を確保した。業界全体の利益の約80%を独占している。

Googleは開放モデルを選んだ。オープンソースで複数メーカーに提供し、ボリュームと市場シェアを確保した。市場シェアは約75%に達する。

どちらが「正解」かは目的による。Appleは利益を、Googleはシェアを最大化した。両者とも成功している。 失敗したのは「中途半端」だった企業だ。NokiaはSymbianをオープンソース化したが遅すぎた。BlackBerryは統制を維持したがエコシステムを構築できなかった。

パターン5:勝者は必ず入れ替わる

Motorola → Nokia → BlackBerry → Apple/Google。40年で4回の覇権交代。約10年ごとに勝者が入れ替わっている。

  • Motorolaは1994年に米国シェアの大部分を握ったが、2000年には約10%に落ちた
  • Nokiaは2007年に世界シェアの半数を握ったが、2013年には数%になった
  • BlackBerryは2010年に米国シェアで首位だったが、2016年には0になった

この法則が正しければ、次の覇権交代は2030年代に起きる。それはAIエージェントかもしれないし、まだ存在しない何かかもしれない。

確かなのは、現在の勝者「Apple/Google」がそのまま永遠に勝者でいることはない、ということだ。なにかしらの変化が必要になる。

 

40年前、マーティン・クーパーがニューヨークの路上で世界初の携帯電話通話をしたとき、彼はタクシーにぶつかりそうになった。「ライバルに勝利を見せつけることに、私は躊躇しなかった」——その精神は、今もシリコンバレー、深圳、そして東京で脈々と受け継がれている。

次の覇者は、今どこかのガレージで、あるいはあなたのポケットの中で、生まれようとしているのかもしれない。

今、あなたが毎日使っているスマートフォンは何か。そのスマートフォンを提供している企業は、いつまで「勝者」でいられるか。

そして——次の「勝者」は、どこから現れるのか。

Deep Experience

この記事をより深く理解・追体験するために
Becoming Steve Jobs(ビカミング・スティーブ・ジョブズ)(上) ビジョナリーへの成長物語
書籍

Becoming Steve Jobs(上) ビジョナリーへの成長物語

2018年
日本経済新聞出版
Apple追放からNeXT時代を経た「人間的成長」に焦点を当てた評伝。Apple役員たちが「最も正確にスティーブを描いている」と評価。
推薦理由
記事ではジョブズの「勝利の瞬間」を描いたが、本書は彼が一度「敗者」になった時代を描く。なぜNeXTの技術がiPhoneの基盤になったのか、挫折と復活の物語がここにある。
Creative Selection Apple 創造を生む力
書籍

Creative Selection Apple 創造を生む力

2019年
サンマーク出版
iPhone主席エンジニアが明かす、Safari・iPhone・iPadの開発プロセスと「デモとフィードバックの繰り返し」という創造手法。
推薦理由
記事で触れた「Purple Dorm(紫の寮)」の内側で、エンジニアたちは実際に何をしていたのか。iPhoneのタッチキーボードがどう生まれたか、開発者本人が語る一次資料だ。
How Google Works―私たちの働き方とマネジメント
書籍

How Google Works―私たちの働き方とマネジメント

2014年
日本経済新聞出版
Google元CEO(2001-2011)シュミットと元プロダクト担当SVPローゼンバーグによる経営哲学書。
推薦理由
Androidを生み出した組織は、どのような文化で動いていたのか。記事で触れた「アプリケーションベンダーはボリュームによって動かされる」という戦略思考の背景にある、Googleの意思決定プロセスがわかる。
スティーブ・ジョブズ
ドキュメンタリー

スティーブ・ジョブズ

2013年
162分
Macintosh、NeXTcube、iMacの発表直前を描く3幕構成のドラマ。Aaron Sorkin脚本、マイケル・ファスベンダー主演。
推薦理由
記事で描いた「伝説のプレゼン」の裏側で、ジョブズは何を考えていたのか。製品発表という「舞台」に賭ける男の執念と孤独が、緊迫感あふれる映像で描かれる。
BlackBerry
映画

BlackBerry

2023年
120分
BlackBerry帝国の興亡を描いた傑作映画。Rotten Tomatoes批評家スコア98%を獲得。第73回ベルリン国際映画祭コンペティション部門に出品。
推薦理由
記事冒頭で引用した「どうやってそれをやったんだ?」の瞬間が、映像で体験できる。マイク・ラザリディスとジム・バルシリー、2人の共同CEOの関係崩壊と、iPhone登場後の迷走が生々しく描かれる。
監視資本主義:デジタル社会がもたらす光と影
ドキュメンタリー

監視資本主義:デジタル社会がもたらす光と影

2020年
94分
ソーシャルメディアの危険な人間への影響を探るドキュメンタリードラマ
推薦理由
記事で描いた「エコシステムの勝利」の裏側には、ユーザーの注意を奪い合う熾烈な競争がある。スマートフォンが私たちの生活を変えた——その変化の「影」の部分を、開発者自身が語る。
iモード事件
書籍

iモード事件

2000年
KADOKAWA
iモードのコンテンツ開発と命名を担当した著者による開発ドキュメンタリー。新規事業立ち上げのバイブルとして読み継がれる名著。
推薦理由
記事の幕間コラムで紹介した「iモードの生みの親」松永真理が、自ら開発の内幕を語る。App Storeより8年早くモバイルエコシステムを構築した日本人たちの、熱狂と苦闘の記録だ。
志高く 孫正義正伝 決定版
書籍

志高く 孫正義正伝 決定版

2024年
実業之日本社
30年以上の密着取材に基づく孫正義の決定版評伝。ソフトバンク創業からARM買収まで、経営者の実像に迫る。
推薦理由
記事で触れた「スティーブ、あなたの製品が完成したら日本用に私にほしい」という伝説の交渉の全容が明かされる。なぜ孫正義だけがiPhone日本独占販売権を獲得できたのか、その答えがここにある。
スティーブ・ジョブズ I
書籍

スティーブ・ジョブズ I

2011年
講談社
ジョブズ本人が全面協力した唯一の公式伝記。40回以上の本人インタビューと100名以上の関係者取材に基づく決定版。
推薦理由
記事で触れた「iPhoneは3つのデバイスを1つにした」発表の舞台裏、AT&Tとの前例のない交渉、そしてAndroidへの「核戦争」宣言の真意が詳細に描かれている。「Project Purple」で何が起きていたのか、この本でしか知れない事実がある。
General Magic
映画

General Magic

2018年
92分
スマートフォンの原型を世界で初めて開発しながら商業的には大失敗した、Appleスピンオフ企業の物語。
推薦理由
iPhoneとAndroidの「父たち」——Tony Fadell、Andy Rubin、Megan Smith——は、実は同じ会社の同僚だった。記事で描いた覇権争いの主役たちが、かつて同じ夢を追っていた時代の記録だ。
John
John

テクノロジーと人間の境界を見つめ続けている。

学生起業、プロダクト開発、会社経営。ひと通りやった。一度は「テクノロジーで世界を変える」と本気で信じ、そして挫折した。

今は点ではなく線で見ることを心がけている。個別のニュースより、その背後にある力学。「何が起きたか」より「なぜ今これが起きているのか」。

正解は急がない。煽りもしない。ただ、見逃してはいけない変化には、静かに立場を取る。

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