文章校正ツールGrammarlyが、スティーブン・キングやニール・ドグラス・タイソンら数百人のライター・ジャーナリストの名前を無断で使い、AIが「この人ならこう直す」というフィードバックを月額12ドル(約1,800円)で販売していた。The Vergeのニレイ・パテル編集長がCEOを公開で追及し、調査報道ジャーナリストのジュリア・アングウィンが集団訴訟を提起。問われているのは著作権ではなく、「あなたの名前」の商業利用だ。
Grammarlyが「Expert Review」機能で、数百人のライター・ジャーナリストの名前を無断で使用し、AIが生成した編集フィードバックを月額12ドル(約1,800円)で販売していたことが発覚し、集団訴訟に発展した。
この訴訟は著作権侵害ではなく「名前と専門的人格の無断商業利用」を争点としており、AIが個人のスタイル・専門性を模倣する行為に対して既存の法的枠組みが追いついていない構造を浮き彫りにしている。
The Verge編集長がCEOを直接追及し、調査報道ジャーナリストが集団訴訟を主導する異例の展開となり、Grammarlyは8ヶ月間運用した機能を廃止に追い込まれた。
Overview
- Grammarlyは2025年8月から「Expert Review」機能で実在ライターの名前を無断使用していた
- The Verge編集長ニレイ・パテルが自身の「AIクローン」を発見しCEOを直接追及した
- ジュリア・アングウィンがカリフォルニア州法・ニューヨーク州法に基づく集団訴訟を提起した
- CEOは「引用でありなりすましではない」と反論したが8ヶ月後に機能を廃止し謝罪した
GrammarlyがやったことをChatGPTはやっていないのか
「引用」と「なりすまし」の間にある名前のない領域
GrammarlyのCEOシシル・メフロトラは、Decoderポッドキャストでニレイ・パテルに追及された際、「attribution(引用)は当然だが、impersonation(なりすまし)とは別だ」と反論した。パテルは「名前とアイデンティティを同意なく商業目的で使っている」と切り返した。
この対話は噛み合っていない。そして噛み合わない理由が、この問題の核心だ。Grammarlyがやったのは、スティーブン・キングの小説を盗んだことではない(それなら著作権侵害だ)。キングの顔写真を勝手に使ったわけでもない(それなら肖像権侵害だ)。Grammarlyがやったのは、「スティーブン・キングならこう直す」という"専門家としての人格"をAIで再現し、その名前を付けて売ったことだ。
これは「引用」でも「なりすまし」でもない。既存の法的カテゴリにきれいに収まらない行為であり、だからこそ訴訟はカリフォルニア州とニューヨーク州の「名前の商業利用」に関する法律を根拠にしている。著作権法では戦えない。パブリシティ権(人格の商業利用を制限する権利)でしか争えない領域に、AIがすでに踏み込んでいる。
GrammarlyがやったことをChatGPTはやっていないのか
Grammarlyへの批判は正当だ。だが構造を一歩引いて見ると、不都合な問いが浮かぶ。
ChatGPTに「スティーブン・キングのスタイルでこの文章を直して」と入力すれば、Grammarlyの「Expert Review」と同じ構造の行為が起きる。違いは、Grammarlyが名前を明示して売ったことだ。OpenAIは名前を出さずに使っている。
ここに構造的なパラドックスがある。Grammarlyは「誰の知見を使っているか」を可視化した。名前を出し、プロフィールを表示した。その「透明性」が訴訟を招いた。ChatGPTは同じ構造の行為をしているが、訓練データの中に溶け込んでいるので誰の知見かは見えない。見えなければ訴えられない。
3週間前、AI著作権の最高裁判断を取り上げた記事で、「最高裁が決めなかったこと」——人間がAIを使った場合の権利関係——が未解決のまま産業が先行する構造を指摘した。Grammarlyの訴訟は、その未解決の領域で実際に紛争が起きた初の大規模事例だ。
透明性が法的リスクになるとき
メフロトラCEOは「良い機能ではなかった」と認めて謝罪した。Expert Reviewは8ヶ月で廃止された。だがこの顛末が残す教訓は、「同意を取るべきだった」という運用レベルの話にとどまらない。
AIが人間の知識や表現を使って価値を生む行為は、あらゆるAI製品の基盤だ。学習データの中には数百万人の著作物が含まれている。Grammarlyが特異だったのは、その利用を「名前付き」にしたことだけだ。
ここから導かれる構造は、直感に反する。AI企業が「誰の知見を使ったか」を明示すればするほど、パブリシティ権侵害のリスクが高まる。逆に、学習データの出所を隠せば隠すほど、法的には安全になる。透明性を求める社会的圧力と、透明性が法的リスクを生む構造が、正面からぶつかっている。
この矛盾が解消されない限り、AI企業にとって合理的な選択は「誰のデータを使ったかを隠す」ことになる。それは、AI産業の透明性に関する議論が目指している方向とは正反対だ。
日本の「パブリシティ権」はこの構造に対応できるか
日本にはパブリシティ権を正面から定めた法律がない。最高裁が2012年の「ピンク・レディー事件」で「人格権に由来する権利」として認めたが、その射程は限定的だ。芸能人の写真を雑誌に無断掲載したケースであり、「AIが専門家の名前を使って生成したフィードバックを販売する」行為がこの判例でカバーされるかは不透明だ。
米国ではカリフォルニア州とニューヨーク州に明文の法律がある。日本では判例法理に依存している。AI企業が日本のライターや専門家の名前を使って類似のサービスを提供した場合、現行の法的枠組みで対抗できるかは疑わしい。
Grammarlyの訴訟が示しているのは、「名前」の価値がAI時代に変わりつつあるという事実だ。名前はもはや「誰であるか」を示す記号ではない。「その人の専門性・判断・スタイル」を呼び出すためのプロンプトとして、商業的価値を持ち始めている。法律がこの変化に追いつくまでの間に、どれだけの「名前」がAIの原料として消費されるか。その速度は、法整備の速度より確実に速い。
考える問い
- ChatGPTに「〇〇のスタイルで書いて」と指示することと、Grammarlyが「〇〇が監修した」と名前を付けて売ること。あなたにとって、この2つの行為の本質的な違いは何か。
- あなたの名前と専門性が、AIのフィードバック生成に無断で使われていたとしたら、最初に感じるのは「怒り」か「不気味さ」か。その感情の違いは、何に起因するか。
- AI企業が「誰のデータを使ったか」を公開するほど法的リスクが高まる構造は、透明性を求める社会的圧力とどう両立するか。
- 日本で同様のサービスが展開された場合、現行のパブリシティ権の判例法理で対抗できると思うか。できないとすれば、何が必要か。
報道記事・ソース
- Journalist Julia Angwin files class action lawsuit over Grammarly's AI "sloppelgangers"
- Grammarly CEO repeatedly steps on same rake in embarrassing interview about AI slop
- Grammarly Lawsuit Alleges Software Uses Names of Journalists, Authors for 'Expert Review' AI Tool Without Consent
- Even Grammarly's CEO knows the controversial AI-powered Expert Review was 'not a good feature'
公式発表・一次情報
Grammarlyは公式ブログでの詳細な説明を公開していない。CEOのシシル・メフロトラがThe VergeのDecoderポッドキャストで直接対応したのが最も包括的な一次対応。集団訴訟はカリフォルニア州法・ニューヨーク州法に基づき提起。
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