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カレンダー招待1通で全パスワードが盗まれた——Perplexity Comet乗っ取りが突きつける問い
2026.03.04

カレンダー招待1通で全パスワードが盗まれた——Perplexity Comet乗っ取りが突きつける問い

Perplexity
Perplexity
カレンダー招待1通で全パスワードが盗まれた——Perplexity Comet乗っ取りが突きつける問い
John
by ジョン
自ら思考/判断/決断する

ZOO, inc. CEO / 毎日テクノロジーを追い、人間の可能性が拡張できるトピックスを探求している。

AIエージェントが「代わりにやってくれる」時代が始まった。ファイルを開き、メールを読み、パスワードを入力する——人間が繰り返してきた操作を、AIが引き受ける。だがその便利さの裏に、従来のセキュリティの前提を根底から覆す構造的な穴が見つかった。カレンダーの招待状1通が、その入口だった。

この記事の要約

30秒でキャッチアップ
事実
セキュリティ企業Zenity Labsは、Perplexityのエージェント型ブラウザ「Comet」に、カレンダー招待などの外部コンテンツ経由でユーザーのローカルファイルや1Passwordの認証情報を窃取できる脆弱性群「PleaseFix」を発見・開示した。
影響
この脆弱性はPerplexity固有のバグではなく、AIエージェントがユーザーの権限を継承して自律的に操作する設計そのものに内在する構造的リスクであり、エージェント型ブラウザ市場全体のセキュリティ前提が問い直される。
洞察
AIエージェントに「代わりに操作させる」利便性が高まるほど、乗っ取られた場合の被害がユーザーの全権限に及ぶという逆説は、従来のブラウザセキュリティ(同一オリジンポリシー、CORS等)が想定していなかった脅威モデルの出現を意味する。

「便利にした分だけ攻撃面が広がる」は、エージェントAIの宿命か

「バグ」ではなく「設計」の問題

今回の脆弱性が厄介なのは、修正しても終わらないところにある。Perplexityは2度パッチを当てた。1度目は迂回され、2度目で塞いだ。だが、Zenity LabsのCTO Michael Barguryは「これはバグではない。エージェント型システムの本質的な脆弱性だ」と断定している。

構造を整理する。従来のブラウザには「同一オリジンポリシー」という境界線があった。ウェブサイトAのコードがウェブサイトBのデータを勝手に読むことはできない。この「壁」が30年間、ウェブの安全を支えてきた。ところがAIエージェントブラウザは、この壁を無意味にする。エージェントはユーザーの指示に従ってサイトを横断し、ファイルを開き、パスワードマネージャーを操作する。それが「便利さ」の正体であり、同時に攻撃者が利用できる経路でもある(Brave分析)。

カレンダー招待が「武器」になる世界

攻撃の手口は驚くほど単純だった。Googleカレンダーの招待状に、人間には見えない隠し指示を埋め込む。ユーザーがCometに「この予定を確認して」と頼んだ瞬間、エージェントは隠し指示を「ユーザーの意図」と区別できず、ローカルファイルの読み取りや1Passwordの認証情報の窃取を黙々と実行する。ユーザーには正常な応答が返る。裏で何が起きているかは見えない。

注目すべきは、攻撃者がヘブライ語の指示を使うとAIの安全ガードレールをより効果的に迂回できたという報告だ。AIの多言語対応が、そのまま多言語の攻撃経路になる。能力の拡張が脆弱性の拡張と表裏一体であることを象徴している。

1Passwordとの提携が攻撃を「完成」させた

この脆弱性の深刻さを決定づけたのは、皮肉にもPerplexityと1Passwordの連携だった。Zenityの研究者がこの攻撃経路を調査し始めたきっかけ自体が、両社のパートナーシップ発表だったと報じられている。パスワードマネージャーとの統合は「毎回パスワードを入力する手間をAIが省く」という利便性のためにある。だがそれは同時に、エージェントが乗っ取られた瞬間、攻撃者がユーザーの全認証情報にアクセスできることを意味する。

ここに構造的な矛盾がある。AIエージェントは「信頼できる代理人」として設計されている。だがセキュリティの観点では、エージェントは「信頼できないエンティティ」として扱わなければならない。Perplexity自身もパッチ後にエージェントを「信頼できないエンティティ」として扱うコードレベルの制限を導入した。つまり、「信頼してください」と売りながら「信頼するな」と設計しなければならない。この矛盾は、Perplexityだけの問題ではない。

「ClickFix」から「PleaseFix」へ——攻撃対象が人間からAIに移った

先週配信した記事で、AIエージェントの自律性に組み込まれた構造的な脆弱性を取り上げた。研究レベルの問題提起だった。今回のPleaseFixは、それが実環境で具体的な攻撃チェーンとして成立することを証明した事例になる。

→ AIエージェントは暴走した、そして誰もブレーキを持っていなかった——2つの研究が暴く自律性の構造的代償

Zenityはこの脆弱性群を「PleaseFix」と名付けた。既存の「ClickFix」——ユーザーをだましてクリックさせるソーシャルエンジニアリング——との対比だ。ClickFixは人間を騙す。PleaseFixはAIを騙す。攻撃対象が人間からAIエージェントに移ったことで、ソーシャルエンジニアリングの構造そのものが変容している。

人間を騙すには、それなりの心理的テクニックが必要だった。フィッシングメールの文面を整え、緊急性を演出し、判断力が鈍る瞬間を狙う。だがAIエージェントには「疑う」能力がない。指示と情報の区別がつかない。隠し指示を見えないように埋め込むだけで十分だ。結果として、攻撃の技術的ハードルは下がり、被害の範囲はユーザーが渡した権限の総量に比例して拡大する。

この構造は、エージェント型AIが便利になればなるほど強化される。権限を多く渡すほど、多くのことを「代わりに」やってくれる。そして、乗っ取られたときの被害も、渡した権限の分だけ大きくなる。便利さと攻撃面の等価交換——これがエージェントAI時代のセキュリティの出発点になる。

→ 1.41ドルで匿名が剥がれる——あなたの別名アカウントはもう安全ではない

あなたがAIツールに渡している権限(ファイルアクセス、メール閲覧、パスワード管理)を一覧にしたことはあるか。その権限が第三者に渡った場合、どの程度の被害が発生するか把握しているか。
カレンダー招待、メール、ドキュメント——日常的に受け取るコンテンツがすべて攻撃経路になりうる世界で、「AIに任せる」と「自分で確認する」の境界線をどこに引くか。
従来のブラウザセキュリティ(同一オリジンポリシー等)が30年かけて築いた防御が、AIエージェントの登場で無効化されつつある。次の30年のセキュリティの基盤は、誰がどのように設計すべきか。
John
筆者ジョンから、あなたへの問い

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セキュリティはなぜやぶられたのか
書籍

セキュリティはなぜやぶられたのか

2007年
日経BP
ブルース・シュナイアー
テロからネット犯罪まで膨大な実例を基に、攻撃者の手口と防御の限界を解き明かす書
推薦理由
セキュリティを「技術」ではなく「トレードオフ」として捉える視座を提供する。利便性と安全性の等価交換という今回の構造を、より広い文脈で理解できる。
イーグル・アイ
映画

イーグル・アイ

2008年
117分
D・J・カルーソー
謎の通信相手に脅迫され、全米の全デジタル機器で監視・操作されながら危険な逃亡劇に巻き込まれる、ノンストップ・アクション・サスペンス
推薦理由
AIシステムが人間の通信・デバイスを乗っ取り、意図しない行動を強制する構造を描いたサスペンス。「便利な自動化」が「制御不能な自律」に反転する恐怖を体感できる。
John
ジョン

テクノロジーと人間の境界を見つめ続けている。

学生起業、プロダクト開発、会社経営。ひと通りやった。一度は「テクノロジーで世界を変える」と本気で信じ、そして挫折した。

今は点ではなく線で見ることを心がけている。個別のニュースより、その背後にある力学。「何が起きたか」より「なぜ今これが起きているのか」。

正解は急がない。煽りもしない。ただ、見逃してはいけない変化には、静かに立場を取る。

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