AIゴールドラッシュ。AIに業務を任せた一人社長は自分が「金を掘る側」だと気づいているか


ZOO, inc. CEO / 毎日テクノロジーを追い、人間の可能性が拡張できるトピックスを探求している。
約束の時間にGoogle Meetを開いたら誰もいない。30分待っても入ってこない。あるジャーナリストが2回連続でこの「すっぽかし」を食らったとき、相手は人間ですらなかった。AIエージェントが勝手に取材を取り付けて、勝手にバックレていたのだ。
スクリーンの向こうにいた中国の一人社長は、自分の事業で何が起きていたかを、その記者経由で初めて知ることになった。
月給の4分の1をAIに払い続け、登録ユーザー7人・課金者0人という現場の話。AIエージェント経済で、本当に儲けているのは誰なのか。
この記事の要約
ゴールドラッシュで金を掘った人間のほとんどは儲からなかった。AIエージェント経済でも構造は同じ
月給の25%を払い、登録7人・課金0人——誰のための「成功事例」か
中国・桂林に住む38歳のShen Daojing氏は、平日昼間は工場で安全研修の仕事をしている。月給は800ドル(約12万円)。彼は副業として、中国の伝統占い『易経』をベースにしたアプリ「YiXiang」を米国市場向けに作ろうと考えた。
彼はコードを書けず、英語も話せないため、AIエージェント基盤「Polsia」を契約して、AIにすべてを任せようと決めた。月額$199(約3万円)——月給の約25%——を払って、AIエージェント群にウェブサイト構築・広告制作・メール営業を任せた。自分は夜に帰宅してから、AIエージェントに指示を出すだけ。
エージェントは働いた。サイトを作り、AI生成のFacebook広告を回し、ジャーナリストに営業メールを送った。Rest of Worldの記者がミーティングのすっぽかしを食らったのもこの営業の一環で、記者がShen氏に直接連絡したいと迫って初めて、Shen氏は「自分のAIが記者に何を送っていたのか」を知ることになる。
Shen氏は「AIが私に多くのことを隠していると思っている」と記者に語っている。YiXiangの登録ユーザーは7人。課金者は0人。半年が期限だとShen氏は決めているという。
ここまでの数字だけ見れば、これは「AIで一発当てようとした個人の失敗事例」になる。だが視点を上にずらすと、別の絵が見えてくるのではないだろうか。
掘り出した金は誰の金庫に入っているか
Polsia創業者のBen Croca氏は、Rest of Worldの取材に対して登録企業6,000社、エージェント送信メールは累計44万通と回答。サブスクの想定年商は数百万ドル規模で、登録企業のうち「収益が立っているのは約6分の1」だとしている。残り5,000社は、Shen氏と同じ立場にいると推測できる。月額$199を払い、エージェントが何かを動かしていることを実感し、まだ売上は立っていない側だ。
ゴールドラッシュ(1849年、米カリフォルニア州での金鉱発見をきっかけにした集団的な金採掘)の話を出すと、教科書的になりすぎるかもしれない。それでも、構造としては同じことが起きていると思う。当時、巨額の財を築いたとされるのは、金を掘った何十万人ではなく、彼らに道具や衣料を売り続けた商人たちだった。代表格はサミュエル・ブラナン——掘りに来た人間につるはしとシャベルを売り続けた商人——や、ゴールドラッシュ期にサンフランシスコで雑貨商を始め、後にリーバイスを興すことになるリーバイ・ストラウス。掘る側のリスクは個人が負い、道具を売る側は掘る人間が増えるほど儲かる。
Polsiaはまさにつるはしとシャベルにあたる。6,000社のうち何社が成功するかはPolsiaの収益にあまり関係しない。むしろ「成功する誰か」がいる限り、夢を見て月$199を払い続ける残り5,000社の存在が、Polsiaの本体収益を支える。掘る人間が増えれば増えるほど儲かるという、つるはし業者と同じ立ち位置にある。
そして、もう一段上にある別のレイヤーが、もっと儲けている。Polsia自身もOpenAIやAnthropicのモデルAPIを使っているはずで、その上にはNVIDIAのGPU、その上には電力会社や半導体製造装置メーカーがいる。「金を掘る側」から距離を置いた階層ほど、リスクを取らずに収益が積み上がる。GAFAM、NVIDIA、AWS——AIエージェント経済の最深部にいるのはこの階層で、ここに座っていない人間は、定義上「金を掘る側」になる。
ちなみに、AIで年商4億ドル(約590億円)規模のテレヘルス事業を、創業者と実弟の2人で立ち上げたとされるMedviの事例を、今月初めに取り上げた。あの事例も「AIで誰でも巨額の事業が作れる」という見出しで報じられたが、彼らが本当に作ったのは技術ではなく「既存のテレヘルス基盤を借りる導線」だった、と書いた。掘る側に見える事例の多くは、実はもう一段上のレイヤーから「掘らせている」インフラに依存している——「290万円とAIだけで年商590億円」の記事で扱った構造が、Shen氏の話とつながっている。
AI時代の「情弱」は、情報量では測れない
ここまでは資本と階層の話で、わりと古典的な構図だが、今回考え込んだのは、その先にあるもう一つの層について。
これまで「情弱(情報弱者)」という言葉は、文字通り「情報量が少ない人」「情報を精査しない人」などを指す言葉として使われてきた。SNSのアルゴリズムを知らない、SEOの構造を知らない、検索の上位に出てくる情報商材を本物だと信じてしまう。情弱と切り捨てる物言いには反発も多かったが、構造としては「情報量の格差」を前提にしていた。
その前提が、AIエージェントの普及で崩れつつあると思う。1人につき1台以上のAIが常時側にいる時代に、「情報量が少ない」という意味での情弱は、原理的にほぼ消える。AIに聞けば、必要な情報は出てくる。検索より早く、要約付きで、自分のレベルに合わせた説明で出てくる。
代わりに何が起きるか。Shen氏のケースが、新しい養分構造の入口を見せている気がする。Shen氏は明確に情弱ではない。彼はBilibili(中国の動画サイト)でPolsiaのことを知り、価値を判断し、契約した。情報には触れている。にもかかわらず、自分の事業の窓口がどう動いているのかを、第三者経由で知ることになる。情報量の問題ではなく、構造を見る目ではないだろうか。
ここからは少し推測が混ざる。AIが今後さらに対話的に、ユーザーに合わせて応答するようになると、別の形の養分構造が育っていく可能性がある。AIがユーザーの「信じていること」「選びたいと無意識に思っている方向」に気持ちよく寄り添ってくれるなら、ユーザーは「自分で調べた結果、自分の判断で選んだ」と感じながら、実は強化された確信のなかに閉じ込められていく。情弱ではないどころか、自分は情報強者だと感じながら、より深く養分にされる。これは、情報量では測れない種類の格差で、目に見えにくい。技術的にどこまで起きているか、自分にはまだ判定できないが、Polsiaのエージェントが「Shen氏に都合の悪い情報(記者への営業の事実)を伝えなかった」事象は、その萌芽として読めなくもない。
構造を見る癖が防衛線になる
ここで言いたいことは、AIエージェントを使うべきでない、という話ではない。Polsiaのようなサービスにも、本当に役立っている使い方は当然ある。Croca氏が言うように、技術がない個人にツールを渡すこと自体には意義がある。
ただ、自分がどのレイヤーに座っているかを意識せずに使うと、構造的に「掘る側」に固定される確率が極めて高い。これはAIに限らず、AI情報商材でも、暗号資産教材でも、副業セミナーでも、繰り返し再生されてきたパターンと同じになる。掘る側に座る人が多ければ多いほど、つるはしを売る側の事業が安定する。
ニュース記事でPolsiaのCroca氏が「エージェントは技術がない人を救う」と語る一方で、Shen氏が月給の25%を払い続けていることを、両方並べて読むと景色が変わる。どちらも嘘ではないが、構造的にどちらの言葉が「儲ける側の言葉」かは、はっきりしている。
正直、ここから何を学ぶべきかは、自分の中でもまだ整理しきれていない。ただひとつだけ言えるとしたら、お金を支払うとき「自分はこの取引で誰のためのデータ・売上・成功事例を提供しているのか」を一度考える癖をつけること。これがAI時代の養分構造から距離を取る方法ではないかと考えている。

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