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アメリカの街に立つAI「かかし」——月200億回のスキャンは誰の安全のためか
2026.03.30

アメリカの街に立つAI「かかし」——月200億回のスキャンは誰の安全のためか

アメリカの街に立つAI「かかし」——月200億回のスキャンは誰の安全のためか
John
by ジョン
自ら思考/判断/決断する

ZOO, inc. CEO / 毎日テクノロジーを追い、人間の可能性が拡張できるトピックスを探求している。

近所のコンビニの防犯カメラを、気にする人は少ない。ではそのカメラがAIで顔を識別し、あなたの行動履歴を警察のクラウドに送っていたとしたら——それでも気にならないか。

アメリカで「かかし」と呼ばれるAI搭載の移動式監視塔が5,000以上の都市に広がっている。導入する都市と、撤去し始めた都市。その分岐に構造的な問いがある。

この記事の要約

30秒でキャッチアップ
事実
米国でAI搭載の移動式監視塔が5,000以上の都市に広がった。最大手Flock Safetyだけで月200億回の車両スキャンを行っている。
影響
連邦機関の無断アクセスや移民追跡への転用が発覚し、複数の都市が契約を打ち切り始めた。
洞察
「犯罪予防」名目で構築された監視インフラが本来の用途を超えて拡大する構造は、日本のAI監視にも通じる先行事例になる。

「安全のため」に立てたインフラが安全以外に使われるのは、時間の問題にすぎない

117億ドル市場が動かす監視

アメリカの法執行機器市場は117億ドル(約1.8兆円)。その中で急成長しているのが、「COW(Camera on Wheels)」と呼ばれるAI搭載の移動式監視塔になる。ソーラーパネル、バッテリー、伸縮式のカメラマストを載せた小型トレーラー。明るいフラッシュライトを点滅させながら街角に立つ姿が「かかし」のあだ名の由来だと、軍事監視企業Spotter GlobalのLogan Harris CEOはKTLA(ロサンゼルスのテレビ局)に語っている。

「市場がそう語っている。この市場セグメントの成長速度には驚くばかりだ」(Harris氏)。

最大手のFlock Safetyは、2017年にジョージア工科大学の卒業生3人が食卓でカメラを手作りしていたスタートアップ。8年で企業評価額75億ドル(約1.2兆円)、従業員1,500人、49州5,000以上の自治体にサービスを提供するまで成長した。月200億回の車両スキャン。もう一つの大手ECAMは15万台超のカメラを運用し、副社長のNile Coates氏は「犯罪を起こす前に止める」と謳っている。

ただし、これは政府の監視プログラムではない。ベンチャーキャピタルが投資し、自治体が月額契約で購入し、ソーラーパネルで動くカメラが街角に立つ。SaaS(月額課金のクラウドサービス)として売られる監視インフラ。導入の判断は、自治体の調達担当者が予算の範囲内で行う。多くの場合、議会の審議も住民投票も経ていない。

カリフォルニア州の監査が暴いたもの

カリフォルニア州マウンテンビューは2026年2月、Flock Safetyとの契約を打ち切った。

理由は市が実施した監査にある。ATF(アルコール・タバコ・火器及び爆発物取締局)、米空軍、GSA(一般調達局)の監察総監が、許可なくカメラの映像データにアクセスしていた事実が判明した。「犯罪予防」のために市が導入したカメラのデータが、市の知らないところで連邦機関に流れていた。

マウンテンビューだけではない。ACLU(米国自由人権協会)の調査によれば、テキサス州では警察官がFlockの全国データベースを使い、中絶を受けた女性の車両を追跡。オレゴン州ではICE(移民・関税執行局)と地元警察がFlockのデータを共有し、移民の摘発に利用していた。

とは言えこの現象は見慣れた構造でもある。プロダクトをある用途で設計し、インフラが整う。すると当初の想定にない使われ方が始まる。メッセージングアプリなら迷惑メッセージが増える程度で済む。監視ネットワークの場合、想定外の用途は移民追跡であり、プライバシーに関する権利の侵害であり、連邦機関の無断アクセスになる。被害の桁が違う。

EFF(電子フロンティア財団)はFlockの人物検索ツール「Nova」を「ディストピア的パノプティコン」と評した。ACLUは「全員の行動の包括的な記録を作成する理由はない」と述べている。2021年のIPVM(監視技術の独立調査機関)の調査では、ナンバープレート読み取りの誤認率が10%に達していた。

導入5,000都市と撤去し始めた都市

Flock Safetyは5,000以上の自治体で稼働中。一方でオースティンユージーンマウンテンビューケンブリッジエバンストンフラッグスタッフスタントンリンウッドなど少なくとも8つの都市が過去1年で契約を解除した。コロラド州では警察のFlock利用を制限する法案が審議されている。

5,000対8。

この圧倒的な非対称が示しているのは、「安全」の約束の前では、プライバシーの懸念は少数派にとどまるということ。そして少数派が声を上げ、監査を実施し、データの流れを追わなければ、マウンテンビューで起きた転用は表面化すらしない。

サンフランシスコでは市内に400台以上のFlockカメラが設置され、SF Standard紙がカメラの位置を地図化した。SoMa(サウス・オブ・マーケット)地区とミッション地区に集中し、ドロレスパークからフェリービルディングまでの経路で12台のカメラに撮影される。「どこにいたか、どこへ行くかを、本人が知らないうちに再構築できる」とSF Standard紙は報じている。

サンフランシスコでは市内のカメラ設置箇所
サンフランシスコでは市内のカメラ設置箇所

アメリカでは、住民のプライバシーの保護水準が自治体の判断に委ねられている。隣の市に移動すれば監視の密度が変わる。連邦法がないまま、パッチワーク状の監視地図が広がっている。

日本への伏線——規制なき拡大の下地

日本のAI画像認識市場は2026年度に1,100億円に達する予測がある。NECの顔認証技術はNIST(米国立標準技術研究所)の評価で世界トップクラスの精度を持ち、空港や入退室管理で導入が進んでいる。

では制度はどうか。顔認証データの扱いに特化した法律が日本にあるのか。個人情報保護法やAI関連法は存在するが、マウンテンビューで起きたような目的外利用——導入時に想定しなかった主体への転用——を防ぐ設計になっているのか。

FBIが位置情報を「買う」構造は、見えないところで動く監視だった。「かかし」は見えるところに立つ監視。見える・見えないの違いはあれど、共通しているのは、導入の判断が民主的なプロセスを十分に経ていない点にある。

日本に「かかし」が立つとしたら、それを止める制度的な歯止めが今の法体系にあるのかどうか。正直、自分にはわからない。ただ、歯止めの存在を確認しないまま走り出すと、マウンテンビューが5年かけて気づいた問題に、同じ時間をかけて気づくことになる。

あなたの通勤路に何台の防犯カメラがあるか把握しているか。そのカメラがAIで何を分析しているか知っているか。
「安全のため」と説明されたら、公共空間でのAI顔認証をどこまで受け入れるか。その境界線は何で決まるか。
自治体がAI監視装置を導入するとき、住民の同意はどの段階で、どのような方法で得るべきか。
日本で顔認証データがどのように保護されているか、あなたは説明できるか。それは十分だと感じるか。
「犯罪を未然に防ぐ」ことと「全員を監視する」ことの間に、実効性のある線を引けるか。
John
筆者ジョンから、あなたへの問い

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ダークナイト
映画

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2008年
152分
クリストファー・ノーラン
ヒース・レジャー演じる狂気の犯罪王子ジョーカーがゴッサム・シティを混沌に陥れ、正義と悪の境界で苦悩するバットマン(クリスチャン・ベイル)の姿を、リアルかつ重厚な人間ドラマとして描いた傑作アクションサスペンス
推薦理由
ゴッサムシティの全携帯電話を監視網に変える場面で、ルーシャス・フォックスは「これは一人の人間が持つべき力ではない」と辞めると告げる。監視インフラの「使い方」ではなく「存在すること自体」にリスクがあるという視座を、エンターテインメントの中に埋め込んだ。
マイノリティ・リポート
映画

マイノリティ・リポート

2002年
139分
スティーヴン・スピルバーグ
犯罪を未然に防ぐ予知システムが機能する2054年を舞台に、殺人の容疑をかけられた犯罪予防局の捜査官が、自らの無実を証明するため逃亡・奔走する物語
推薦理由
「犯罪を起こす前に止める」テクノロジーが当たり前になった社会で、その正確さが揺らいだとき何が起きるか。「かかし」の約束する未来を、20年前にフィリップ・K・ディック原作で描いている。
監視資本主義: 人類の未来を賭けた闘い
書籍

監視資本主義: 人類の未来を賭けた闘い

2019年
東洋経済新報社
ショシャナ・ズボフ
巨大IT企業が私たちのあらゆる行動や体験をデータとして密かに収集・利用し、個人の自由や民主主義を脅かしながら巨万の富を築く「新たな経済システム」の実態を暴いた警鐘の書
推薦理由
なぜ監視インフラは市場原理で拡大するのか。Google・Facebookが切り拓いたビジネスモデルの構造を解剖した一冊。Flock Safetyの急成長がなぜ可能だったかの背景が見える。
John
ジョン

テクノロジーと人間の境界を見つめ続けている。

学生起業、プロダクト開発、会社経営。ひと通りやった。一度は「テクノロジーで世界を変える」と本気で信じ、そして挫折した。

今は点ではなく線で見ることを心がけている。個別のニュースより、その背後にある力学。「何が起きたか」より「なぜ今これが起きているのか」。

正解は急がない。煽りもしない。ただ、見逃してはいけない変化には、静かに立場を取る。

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