アメリカの街に立つAI「かかし」——月200億回のスキャンは誰の安全のためか


ZOO, inc. CEO / 毎日テクノロジーを追い、人間の可能性が拡張できるトピックスを探求している。
近所のコンビニの防犯カメラを、気にする人は少ない。ではそのカメラがAIで顔を識別し、あなたの行動履歴を警察のクラウドに送っていたとしたら——それでも気にならないか。
アメリカで「かかし」と呼ばれるAI搭載の移動式監視塔が5,000以上の都市に広がっている。導入する都市と、撤去し始めた都市。その分岐に構造的な問いがある。
この記事の要約
「安全のため」に立てたインフラが安全以外に使われるのは、時間の問題にすぎない
117億ドル市場が動かす監視
アメリカの法執行機器市場は117億ドル(約1.8兆円)。その中で急成長しているのが、「COW(Camera on Wheels)」と呼ばれるAI搭載の移動式監視塔になる。ソーラーパネル、バッテリー、伸縮式のカメラマストを載せた小型トレーラー。明るいフラッシュライトを点滅させながら街角に立つ姿が「かかし」のあだ名の由来だと、軍事監視企業Spotter GlobalのLogan Harris CEOはKTLA(ロサンゼルスのテレビ局)に語っている。
「市場がそう語っている。この市場セグメントの成長速度には驚くばかりだ」(Harris氏)。
最大手のFlock Safetyは、2017年にジョージア工科大学の卒業生3人が食卓でカメラを手作りしていたスタートアップ。8年で企業評価額75億ドル(約1.2兆円)、従業員1,500人、49州5,000以上の自治体にサービスを提供するまで成長した。月200億回の車両スキャン。もう一つの大手ECAMは15万台超のカメラを運用し、副社長のNile Coates氏は「犯罪を起こす前に止める」と謳っている。
ただし、これは政府の監視プログラムではない。ベンチャーキャピタルが投資し、自治体が月額契約で購入し、ソーラーパネルで動くカメラが街角に立つ。SaaS(月額課金のクラウドサービス)として売られる監視インフラ。導入の判断は、自治体の調達担当者が予算の範囲内で行う。多くの場合、議会の審議も住民投票も経ていない。
カリフォルニア州の監査が暴いたもの
カリフォルニア州マウンテンビューは2026年2月、Flock Safetyとの契約を打ち切った。
理由は市が実施した監査にある。ATF(アルコール・タバコ・火器及び爆発物取締局)、米空軍、GSA(一般調達局)の監察総監が、許可なくカメラの映像データにアクセスしていた事実が判明した。「犯罪予防」のために市が導入したカメラのデータが、市の知らないところで連邦機関に流れていた。
マウンテンビューだけではない。ACLU(米国自由人権協会)の調査によれば、テキサス州では警察官がFlockの全国データベースを使い、中絶を受けた女性の車両を追跡。オレゴン州ではICE(移民・関税執行局)と地元警察がFlockのデータを共有し、移民の摘発に利用していた。
とは言えこの現象は見慣れた構造でもある。プロダクトをある用途で設計し、インフラが整う。すると当初の想定にない使われ方が始まる。メッセージングアプリなら迷惑メッセージが増える程度で済む。監視ネットワークの場合、想定外の用途は移民追跡であり、プライバシーに関する権利の侵害であり、連邦機関の無断アクセスになる。被害の桁が違う。
EFF(電子フロンティア財団)はFlockの人物検索ツール「Nova」を「ディストピア的パノプティコン」と評した。ACLUは「全員の行動の包括的な記録を作成する理由はない」と述べている。2021年のIPVM(監視技術の独立調査機関)の調査では、ナンバープレート読み取りの誤認率が10%に達していた。
導入5,000都市と撤去し始めた都市
Flock Safetyは5,000以上の自治体で稼働中。一方でオースティン、ユージーン、マウンテンビュー、ケンブリッジ、エバンストン、フラッグスタッフ、スタントン、リンウッドなど少なくとも8つの都市が過去1年で契約を解除した。コロラド州では警察のFlock利用を制限する法案が審議されている。
5,000対8。
この圧倒的な非対称が示しているのは、「安全」の約束の前では、プライバシーの懸念は少数派にとどまるということ。そして少数派が声を上げ、監査を実施し、データの流れを追わなければ、マウンテンビューで起きた転用は表面化すらしない。
サンフランシスコでは市内に400台以上のFlockカメラが設置され、SF Standard紙がカメラの位置を地図化した。SoMa(サウス・オブ・マーケット)地区とミッション地区に集中し、ドロレスパークからフェリービルディングまでの経路で12台のカメラに撮影される。「どこにいたか、どこへ行くかを、本人が知らないうちに再構築できる」とSF Standard紙は報じている。
アメリカでは、住民のプライバシーの保護水準が自治体の判断に委ねられている。隣の市に移動すれば監視の密度が変わる。連邦法がないまま、パッチワーク状の監視地図が広がっている。
日本への伏線——規制なき拡大の下地
日本のAI画像認識市場は2026年度に1,100億円に達する予測がある。NECの顔認証技術はNIST(米国立標準技術研究所)の評価で世界トップクラスの精度を持ち、空港や入退室管理で導入が進んでいる。
では制度はどうか。顔認証データの扱いに特化した法律が日本にあるのか。個人情報保護法やAI関連法は存在するが、マウンテンビューで起きたような目的外利用——導入時に想定しなかった主体への転用——を防ぐ設計になっているのか。
FBIが位置情報を「買う」構造は、見えないところで動く監視だった。「かかし」は見えるところに立つ監視。見える・見えないの違いはあれど、共通しているのは、導入の判断が民主的なプロセスを十分に経ていない点にある。
日本に「かかし」が立つとしたら、それを止める制度的な歯止めが今の法体系にあるのかどうか。正直、自分にはわからない。ただ、歯止めの存在を確認しないまま走り出すと、マウンテンビューが5年かけて気づいた問題に、同じ時間をかけて気づくことになる。

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