高速道路でオービスの存在を疑問にすら思わなくなっていた自分に気づく。「速度に気をつけよう」程度に思って通り過ぎてきた。
米国では数万台のスクールバスに搭載されたAIカメラを、周囲を走る全車両のナンバープレート読み取り装置に変える計画が動いている。
「子どもを守る」という看板の裏で、誰の地図が描かれ始めているのか。読み終わるころには、街角のカメラの数え方が変わり、そのレンズの裏にいる者を想像しているかもしれない。
米企業BusPatrolが、数万台のスクールバスに搭載したAIカメラを周囲車両のナンバープレート読み取り装置に転用し、警察にデータ提供する計画を進めている。
「子どもを守る」目的で受け入れられたAIインフラが、当初の目的から離れて使われ始める構造を示している。
違反通報用に導入されたカメラが、令状なしで一般車両の位置情報を捕捉する移動型監視装置に変わる。
子どもを守るカメラが、街中の地図を描き始める日
「子どもを守るカメラ」が街全体のナンバーを警察に渡し始める
米国の404 Mediaが報じたBusPatrolの話を読みながら、自分はしばらく整理がついていなかった。BusPatrolという会社は、米国の数万台のスクールバスにAIカメラを搭載してきた。元々の目的は、停車中のスクールバスを違法に追い越す車両を撮影し、違反切符を出すこと。子どもの安全のためのカメラ、という説明の通り受け取れば、それは反対する理由のないインフラに見える。
その同じカメラを、ALPR——自動ナンバープレート読み取り装置(Automatic License Plate Reader、走る車のナンバーを片っ端から記録していくシステム)——に転用する計画が、社内で進んでいたという話だ。バスが走るルートで通り過ぎる全車両のナンバーを記録し、そのデータを警察向け契約大手のAxonに渡す。バスは、子どもを乗せて街を走り回りながら、街全体の車両位置を地図に描いていくのだ。
社内文書には、ICE(米国移民・関税執行局)がこのデータを使うことに対する懸念が記されていたとされる。それでも進めるための営業上の角度として、「子どもを守る」という看板を強調する方針が並んでいたという。ここで自分が引っかかったのは「ICEに使われるか否か」の論点ではなく、その手前にある構造のほうだった。「子どもを守る」と言われて入れたカメラが、いつの間にか「誰がいつどこを走ったか」の地図を、民間企業を経由して法執行機関に渡し始めている。その筋道のほうが、自分にはよほど気になっている。
オービスに慣れた自分は、街中の監視には驚けない
正直、最初にこの記事を読んだとき、自分の中には強い驚きがなかった。それが少し怖いと思った。
二児の父として、保育園や幼稚園の送迎を考える立場として、「子どもを守るカメラ」と聞けば反対する理由が見つからない。スクールバス通学をしている子がいる家庭ならなおさらだろう。私もそうだ。子どもを守るためにできることはたくさんやったほうがいい。その感覚自体は、自分の中でも揺らがない。
ただ、それと並行して、もう一つ思うことがある。日本の高速道路を運転していて、オービスの存在を疑問にすら思わなくなっていた自分のことだ。「あ、オービスあるから気をつけよう」くらいで通り過ぎてきた。あれも、見方を変えれば「速度違反を抑止する」という分かりやすい目的の裏で、走っている車両を撮影し続けている装置にあたる。あの装置がどうして導入され、日本の道路に何台あって、撮影したデータがどこにどれだけ保管され、どんな条件で誰がアクセスできるのか、そこまで詳しくはない。それでも違和感を持たずに当たり前の存在として走り続けてきた。
新しい監視装置が一つ追加されるたびに、人はそれに慣れる。慣れたら、その上にもう一つ載せても気づかなくなる。そのグラデーションの中で、気がつかないうちに監視の強度が一段ずつ上がっていく。BusPatrolの話は、そのグラデーションの「次の一段」に見える。スクールバスのカメラに慣れた数年後、もしかしたら次は、街角の電柱に付いたカメラがまた別の「分かりやすい目的」と一緒に説明されているのかもしれない。こういう段階的な機能追加は、ユーザーが慣れたタイミングで次の機能を載せていくのが定石にあたる。プロダクト設計としては、極めて正攻法に近い。
「目的限定」は、いつ目的が広がるか書かれていない
ここで自分が考え込むのは、契約や同意の言葉のほうだ。BusPatrolが地方自治体や学区とどんな契約でカメラを設置してきたかは、自分が読んだ範囲では分からない。ただ、こういうインフラの導入時に交わされる文書には、たいてい「子どもの安全」「停車違反の取り締まり」といった目的が書いてある。書いてあるからこそ、議会や保護者会で通る。
その目的の文書の中に、「将来、周辺車両のナンバーを警察に渡すこともある」と最初から書いてあったかというと、まずそうではないだろう。だから今回、計画の存在が外部に漏れる形で報じられたのだろうし、社内資料でわざわざ「ICE使用への懸念」が議題になっていたのだろう。事業者の側もまた、これが当初の目的の外側であることは認識している。
ここで効いてくるのが、AIインフラの「再利用しやすさ」だと思う。スクールバス向けに作ったカメラを、ALPRに「組み替える」のではなく、もうそのまま「ソフトウェアの設定変更」レベルで別用途に転用できる。これは、AIカメラが特定用途専用機ではなく汎用センサーだから起こる話に近い。ハードウェアを物理的に増設しないので、住民から見ると景色は何も変わらない。気づかないうちに、目に見える装置の中身だけが書き換わっていく。
法律の話は自分の専門ではないし、米国の令状実務がどう動くかは正直分からない。ただ、過去のFBIが民間業者から位置情報データを購入していた構造を扱った記事、街角に立てられたAI監視「かかし」が月200億回スキャンを行っていた話と並べると、今回のBusPatrol計画は単発の暴走には見えない。むしろ「民間が大量に作った監視データを、警察が令状を経由せずに買う/受け取る」という同じ型が、別のかたちでまた出てきたという感覚に近い。プラットフォームビジネスとして見ると、データの再販可能性が事業価値の本体になりつつある、ということでもある。
情報の洪水の中で、目を覚ましておく訓練
ここまで考えて、自分が改めて思ったのは、この記事の本題は「自分側の構え」のほうだということだ。
これからAIがさらに進化して、流れてくる情報がもっと洪水のように増えていく時間に入っていく。そのとき、「子どもを守る」「便利になる」「無料になる」という分かりやすい看板だけを見て頷いていくと、その裏で何が組み替えられているかに気づけなくなる。SNSの中毒設計が裁判の論点に上がるところまで来ている時代にEUが「中毒性デザインが違法になる」方向に踏み込んだ流れもそうだが、社会の側が事後に追いつこうとしているテーマは、もう一段ずつ出てくる。スマホやパソコンから流れてくる情報の裏には、自分を操ろうとしている誰かが何人もいる——そう構えて情報に接するほうが、たぶん健全に近い。
最近やっているのは、こんなことだ。仕事中はスマホをポケットに入れない。寝る前1時間はデジタルデバイスを触らない。自宅ではスマホは別の部屋に置いて、着信音だけ大きくしておく。これだけのことで、最初の数日は「何か情報を取り逃しているのではないか」という落ち着かなさがあったが、それはすぐ消えた。代わりに、欲しい情報を自分から探しに行くようになった気がするし、一つのことに集中していられる時間の合計が、明らかに伸びている。
監視装置に対しても、たぶん必要なのはこれと似た構えなのだろう。すべての監視に怒り続けるのは現実的ではないし、すべてを受け入れて慣れていくのも、自分にとっては気持ち悪い。「これは何のために置かれているのか」「ここに映ったデータは、最終的に誰の手に渡るのか」「最初の目的と、いま起きていることは同じか」——その三つだけは、街角でカメラを見たときに頭の片隅で動かし続けたい。誰かの手のひらの上で転がされるのか、気づいて降りるのか、気づいた上で転がってあげるのか。そのどれを選ぶにせよ、選んでいる、という感覚だけは手放さずにいたい。
考える問い
- あなたの街・通勤路にあるカメラのうち、設置当初の目的を答えられるのは何台あるか。
- 「子どもを守る」「治安を守る」と言われたとき、その先の利用範囲まで確認したことはあるか。
- あなたが利用するAIサービスは、入力したデータの将来的な再利用範囲をどこまで明示しているか。
- 過去5年で、自分の周りに増えた監視・追跡装置のうち、最初に違和感を覚えなくなったものはどれか。
- 「分かりやすい正義」と「目に見えない目的拡張」を見分ける癖を、明日からどう持つか。
報道記事・ソース
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