これまで自分が手動でやっていた、このメディア「techtech.club」のニュース配信を、端から端まで自律で回すことに成功した。スケジュールが来たら情報を集め、配信に値するものを選び、過去記事とつないで投稿し、Xにダイジェストまで流す。人が朝にやっていた一連の作業を、人が寝ている間に機械がやる。約2ヶ月かけて、ここまで持ってきた。

ただ、この記事は「こう作った」という話ではない。むしろ逆の話をしたい。作れたこと自体は、もう大した価値ではないと考えているからだ。

価値があるとすれば、作った「後」にある。自律で回り始めた仕組みを、目的に効き続けるものとして育てられるか、それとも回っているだけの飾りにしてしまうか。今日はその分かれ目の話をしたい。

「自動で記事を出したい」は、作るだけなら難しくない

自動化は「作って終わり」にすると形骸化する。ニュース配信を全自動で回せた日に考えたこと

正直に言うと、「自動で記事を出す仕組み」を作ること自体は、いまそれほど難しくない。AIに道具をつながせて、定刻で動かす。それだけなら、専門知識がなくても形にはなる。

だが、形にすることと、目的に効くことは別だと考えている。「自動で記事を出したい」という要望は、よく聞くと中身が空っぽだ。誰に向けて出すのか。どんな内容なら読まれるのか。どういう順番で、どんな判断を挟んで配信するのか。誰が何に責任を持つのか。そこが決まっていないまま「とりあえず自動で出す」を作ると、出力されるだけになる。

仕組みは、業務フローを分解した分しか賢くならない。料理に例えるなら、レシピを書かずに「いい感じの晩ごはんを自動で作る装置」を頼むようなものだ。装置は動く。料理は出てくる。だが、誰が何を食べたいのかを決めていなければ、出てくるのは毎日同じ味のしないスープになる。装置の性能の問題ではない。注文の解像度の問題だ。

「自動化したい」を、そのまま受けてはいけない

自動化は「作って終わり」にすると形骸化する。ニュース配信を全自動で回せた日に考えたこと

この話は、自分のメディアだけのことではない。我々が行っているクライアントワークで、いつも直面していることでもある。

たとえば、こういう相談が来る。「この業務が属人化しているから、自動化したい」。気持ちはわかる。だが、これをそのまま受けて自動化に取りかかると、たいてい失敗する。「自動化できた時点」がゴールになってしまうからだ。仕組みは完成する。担当者の手作業は消える。それで一見めでたいのだが、肝心の「何のために」が抜け落ちている。

だから、まず受けた言葉をいったん横に置く。属人化の「何が」課題なのかを聞く。その人が辞めたら業務が止まることが怖いのか。品質が人によってブレることが問題なのか。本人がその作業に時間を取られて、もっと価値のある仕事に回れないことが惜しいのか。課題の中身によって、作るべきものは変わる。そして次に、属人化を解消して「何を」手に入れたいのかを言葉にする。止まらない業務なのか、揃った品質なのか、空いた時間なのか。そこまで言語化して、初めてゴールと目的が定まる。

「自動化する」は、ずっと手段でしかない。目的ではない。手段を目的の場所に置いた瞬間、その仕事は迷子になる。クライアントワークで自分がいちばん神経を使うのは、実装そのものよりも、この「言葉をほどく」工程だと考えている。もし同じところで、つまり「自動化したいけれど、何のためだったか自分でも曖昧だ」というところで止まっている人がいたら、そこは一緒にほどける部分だと思う。

作るのが楽しくて、目的を見失う

自動化は「作って終わり」にすると形骸化する。ニュース配信を全自動で回せた日に考えたこと

ここからは、自分への戒めも含めて正直に書く。

仕組みを作るのは、純粋に楽しい。昨日までできなかったことが、今日は機械が勝手にやってくれる。動いた瞬間の手応えがある。一つ動くと、次はあそこも自動化できるな、と欲が出る。気づくと、目的のために自動化していたはずが、自動化すること自体が目的になっている。新しい部品を増やすこと、構成を凝ることが、それ自体の快楽になっていく。

この感覚に、はっきりした名前をつけておきたい。趣味と仕事の境界だ。趣味は、自分が満足すれば成立する。仕事は、目的を達成して初めて成立する。同じ「自動化を作る」という行為でも、自分が楽しいから作っているのか、目的に効くから作っているのかで、まるで別物になる。厄介なのは、作っている本人には、その二つがほとんど同じ顔をして見えることだ。手は動いているし、何かが前に進んでいる感覚もある。だから、楽しさにまかせて手を動かしているだけの時間を、仕事をしている時間だと錯覚しやすい。

今回のニュース配信の自動化でも、何度かこの線を踏み越えかけた。本当はもう十分動くのに、もっと凝った接続をつけたくなる。読者にとって意味があるかどうかより、自分が作りたいかどうかで手が動きかける。そのたびに、これは趣味の側か、仕事の側か、と自分に聞き直していた。きれいに割り切れたわけではないし、今もたぶん、割り切れていない。

自律で回り始めた瞬間は、ゴールではなくスタート

自動化は「作って終わり」にすると形骸化する。ニュース配信を全自動で回せた日に考えたこと

仕組みが自律で回り始めると、安心してしまう。もう自分が手を動かさなくていい。そこで気が緩む。だが、回り始めた瞬間は、ゴールではなくスタートだと考えている。

放っておいた自動化は、静かに形骸化する。世の中は動くのに、仕組みは作った日の前提のまま回り続ける。読者の関心はずれていく。配信の基準は古くなる。それでも機械は毎朝、律儀に同じ判断で記事を出す。誰も中身を見ていないと、「回っていること」だけが目的になり、「何のために回しているか」が抜ける。手作業の属人化を嫌って自動化したはずが、今度は誰も中を確認しない別の属人化、つまり「機械にしかわからない状態」を作ってしまう。

だから自分は、これを完成形だとは思っていない。まだ進化の途中。出力を定期的に自分の目で見る。基準を更新する。要らなくなった工程を捨てる。自動化を持つというのは、作り終えることではなく、回り続けるものに責任を持ち続けることだと考えている。手間を一度ゼロにする行為ではなく、手間のかけどころを「作る」から「見直す」へ移す行為に近い。

「だから作らない」も、選択肢に入れる

自動化は「作って終わり」にすると形骸化する。ニュース配信を全自動で回せた日に考えたこと

ここまで書くと、自動化に否定的に聞こえるかもしれない。そうではない。効くものは作る。ただ、作る前にも作った後にも、「作らない」「やめる」を選択肢として残しておくべきだと考えている。

実際、今回のパイプラインでも、自動化しなかった工程がある。配信する記事を最終的にどう束ねて見せるか、その日のダイジェストにどんな視点を一言添えるか、ここは自動化の手前で止めて、人が判断するようにしている。理由は単純で、ここを機械に渡すと、メディアとしての「視点」が薄まるからだ。速く回ることより、誰が読んでも同じ味のしない配信になることのほうが怖い。効率の話ではなく、何を自分の手に残すかという話。自動化できることと、自動化すべきことは違う。

この「作る前の判断」については、別の記事で詳しく書いた。AIで何でも作れる時代に、あえて作らない・作りすぎない判断をどう下すか、という話だ。今回はその続きにあたる。あちらが「作る前」なら、こちらは「作った後」。作る前に何を作るかを見極め、作った後に何を見直し何を手放すか。この二つがそろって、ようやく自動化は道具として手なずけられると、今回のパイプライン構築を経て考えている。

参考: 「作れるから作る」は失敗する。業務改善の”効くポイント”をAIで見極めて実装した話

実際、記事の自動配信をどう組んだか

心構えの話が続いたので、最後に仕組みの骨格を。手順を細かく追うことはしないが、気になる工程があれば、この記事をシェアしたポストに返信してくれれば答える。

全体はこういう流れになっている。

  1. スケジュール役(Hermes Agent)が、定刻にClaude Codeへ「今日のニュースを回せ」と指示を出す
  2. Claude Codeが、自作のRSS収集ツールで候補を集める
  3. 配信に値するものを選び、評価する
  4. 過去記事とのつながりを付けて、WordPressへ投稿する
  5. Xに、その日のダイジェストを投稿する
  6. 定期的にGA4やGSC(アクセス解析と検索流入のデータ)で成果を見て、次の戦略や判断をする

道具の名前を並べたが、本質は道具ではない。どこを機械に渡し、どこを人の手に残すか。その線をどこに引くかで、同じ構成でもまったく違う仕組みになる。線の引き方こそが、ここまで書いてきた心構えそのものだ。

自分の自動化に、もう一度問いを向ける

自動化は「作って終わり」にすると形骸化する。ニュース配信を全自動で回せた日に考えたこと

最後に、自分にも読者にも向けて、一つだけ問いを残しておきたい。

いま自分が回している自動化は、何のために回っているのか。作った日の目的に、いまも効いているのか。それとも、回っていること自体が目的になって、誰も中身を見ないまま、きれいに空回りしているだけではないか。

自動化は、作った瞬間がいちばん輝いて見える。だが本当に問われるのは、その輝きが消えた後、それでも目的に効き続けるものとして手をかけられるかどうかにある。作って終わりにしないこと。たぶん、そこからが本番だ。

ジョン

Author

ジョン

techtech.club 編集長。メディアで起業し、元はスタートアップのプロダクトマネージャー。一度テクノロジーに賭けて挫折した。その経験がいまの生き方や考え方、事業の起点になっている。ここで書くのは答えではない。投資・キャリア・事業など専門家でなくても自分の頭で判断するための材料と視点。読者に教えるのではなく、一緒に考える側にいたい。